身近な歴史を楽しむ
石造物めぐりのすすめ

(原題「石造物との語らい−身近な史跡を歩いてみよう」、徳島県立博物館ニュース25、1996年より、一部改変)

 

 ふだんの通勤や通学、散歩の途中で、石灯篭や石仏を見かけることはありませんか。私たちの身の回りには無数といってもよいほど石造物があります。今から100年も200年も前、あるいはもっとむかしにつくられたものがたくさんあります。ですから、石造物の多くは歴史の証人といえます。
 ここでは、信仰に関する石造物を訪ねてみましょう。

1 役行者像

 まず、山伏という山岳修行者に関わるもので、わりあい各地に見られる役行者(えんのぎょうじゃ)像を訪ねてみます。

 役行者とは、7世紀末に現在の大阪府・奈良県の境にある葛城山を拠点とした呪術宗教者で、『続日本紀』に名が見られる役小角(えんのおづぬ)のことです。平安時代末から熊野や大峰山で修行する山伏の崇拝対象となり、やがて修験道の開祖と信じられるようになっていきました。図1は阿南市富岡町の阿南公園にある役行者像で、そばには大峰山33度登拝の碑もあります。それぞれ建てられた年代は異なりますが、江戸時代のものです。山岳修行や役行者信仰の広まりがうかがえるでしょう。ほかの場所では、徳島市勢見町の観音寺、徳島市入田町の建治寺、脇町の大滝山などに石造役行者像があります(図2)。

2 ミニ遍路

 阿波の信仰といえば、四国八十八か所の霊場めぐり(遍路)があり、今もさかんに行われています。そこで、八十八か所の霊場信仰にまつわる石造物を訪ねてみましょう。今では少なくなってきましたが、古道を歩くと、石でできたかつての遍路道の道標を見かけることがあります。

 また、先の大滝山には、各霊場の本尊の石仏を並べたミニ八十八か所が奉納されています(図3)。遍路を終えた記念に奉納されたものかもしれませんし、弘法大師が遍路を始めたという信仰からつくられたのかもしれません。大師の著作『三教指帰』にある「阿国大瀧嶽」は一般には阿南市の太竜寺と考えられていますが、大滝山だという主張もあります。このミニ八十八か所もそういう主張からつくられた可能性もあるようです。

 ここで見てきたように、テーマを決めて石造物を訪ねるのも楽しいですが、行き当たりばったりもよいものです。出会った石造物の性格や背景にあった歴史を調べてみると、新しい発見があるかもしれません。

 

図1 1792年(寛政4)造立 図2 大滝山の役行者像 図3 大滝山のミニ八十八カ所

  

「歴史漫遊録」TOP] [長谷川賢二のページTOP