東日本大震災で被災した標本の修復協力について

- 陸前高田市立博物館標本レスキュー -

 東日本大震災ににより被災されたすべての方々にお見舞い申し上げます。

 3月11日に発生した東日本大震災では、地震と津波により甚大な被害が発生がありました。この地域の博物館も例外ではなく、陸前高田市立博物館 (岩手県陸前高田市高田町字砂畑61番地の1) も職員全員が亡くなったり、行方不明という状況でした。そこに収蔵されていた標本も被害を受け、標本庫は棚は崩れ、収蔵されていた標本は海水をかぶってしまいました。
 このままでは貴重な標本がカビや腐敗で失われてしまう恐れがあるため、岩手県教育委員会と岩手県立博物館などが中心となって、収蔵標本を回収し、その修復を全国の博物館に呼びかけました。その結果、当館を含め、国立科学博物館、大阪市立自然史博物館など、全国の25の博物館が標本の修復を引き受けることとなりました。全国の自然史系博物館が連携して標本修復の協力を行うことは初めてのケースとなります。
 このように当館でも、専門技術を生かし、東日本大震災からの復興に協力しています。
 なお、修復した標本については、今秋、当館で開催予定の企画展「描かれた地震」(平成23年10月21日(金)〜11月27日(日))で展示しました。

陸前高田市立博物館の地図
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■経緯

  • 3月11日 地震・津波の発生により、陸前高田市立博物館が被災。全ての資料が砂泥まじりの海水をかぶる。
  • 4月中旬〜 岩手県教育委員会と同県内博物館・文化財関係者が、陸前高田市職員やボランティアとともに瓦礫撤去・資料搬出、復元作業にあたる。
  • 4月27日と28日 標本を収蔵庫から搬出し、岩手県立博物館へ移送。植物標本1万5千点と昆虫標本150箱を運び出す。
  • 4月30日〜 岩手県立博物館にて仕分けを開始
  • 5月2日〜 各博物館へ依頼
  • 5月6日〜 各博物館へ標本発送開始(植物標本のうち6千点と昆虫標本100箱)
  • 5月12日〜 当館受け入れ。現在修復作業中
※昆虫標本については受け入れ申し出を行った博物館が多かったために、今回は他で対応できるとのことで、当館は受け入れ申し出を行いましたが修復には携わっていません。

■受け入れた標本

 宮沢賢治氏とも交流があった地元の博物学者、鳥羽源蔵氏が明治から昭和初期にかけて収集したコレクションを中心とした植物標本 300点

 1点1点ビニール袋に標本が入れられており、大切に扱われていたことがわかります。しかし、届いた標本は泥にまみれて、ビニール袋の内部まで泥が侵入しているものもあり、被害の甚大さを伺わせます。
 標本は冷蔵されて送られてきました。到着後、すぐに冷凍し、作業に必要なもののみ冷蔵庫で保管し、これ以上のカビや腐敗による害がおこらないようにしています。

 鳥羽源蔵氏は宮沢賢治氏が花巻の海岸で発見したクルミ化石の同定依頼された。それが東北帝大の早坂一郎博士に送られ、地学雑誌に発表された。(宮沢賢治学会・会報36号 佐藤 成氏の記事より:http://www.kenji.gr.jp/kaiho/kaiho36/index.html)

 

■被災の状況

建物は津波により甚大な被害を受け、1階の収蔵庫はもちろんのこと、2階まで津波が達したという

岩手県立博物館 鈴木まほろ学芸員作成の情報(プレス用のためファイルサイズが大きい)

左上:受け入れた標本 100点ずつ3箱
右上:ビニール袋に入れられ、梱包された標本
左下:海水をかぶってカビが生え始め、腐敗が始まっている標本
右下:ラベルも水につかって一部消えかけている
※ラベルではマンジュギク(現在ではマリーゴールドのなかまに用いられる名称)となっていますが、この標本はおそらくキク属。

■作業の内容と様子

 作業としては、海水や泥をかぶっている標本を水に浸け、塩抜きをして乾燥します。その際、標本が破損したり、ラベルが消えてしまわないように細心の注意を払います。作業は専門的知識が必要なので、ボランティア等の手助けを借りずに植物担当学芸員が行います。
 この標本の修復は、きれいにするのが目的ではなく、現状をいかに保全するかがポイントです。したがって、泥を落とすために植物体の表面をこすりすぎても、毛などがとれてしまってダメになります。そのあたりの案配がとても難しいと言えます。
 基本的な作業については、標本修復のマニュアル(岩手県立博物館 鈴木まほろ学芸員作成)をご覧ください。当館ではそれをベースに独自の改変を行っています。

☆当館でのポイント

  • 作業は学芸員が行う
  • 乾燥機は使わない(シリカゲルプレートを用いる)
  • 布はテトロンブロードを使うと標本をはがしやすい
  • できるだけ台紙ごと水洗すると標本の損傷は少ない
  • 台紙からはがした標本は、アルミやプラスチックの板の上に水中で広げ水を切る際にピンセットで形を整える

1.ビニール袋をハサミで切り開いて標本を取り出す

2.標本全体や各部の写真を撮影する。

3.ラベルはオリジナルのものも含めて複写台で接写する。

4.台紙ごと洗浄する場合は、ワイヤーネットの上に標本を台紙ごと置く

5.泥がついていれば筆で洗い流す

6.標本の上に網戸の網とワイヤーネットを乗せてクリップで留め、水を張ったバットに入れる

7.弱い流水で水洗する。時々水を換える。

8.台紙をはがして水洗したものは、水の中でアルミかプラスチックの板の上に広げる。ラベルごと板を斜めにしてすくい上げ、壁等にたてかけて水切りする。
このプラスチックの板(PP厚板シート、300×470mm、厚さ1.2mm)は100円ショップで手に入れたもの

9.シリカゲルプレートの上に板ごとのせる。台紙ごと水洗した標本は、板を使わず台紙だけのせる。

10.テトロンブロードを上にのせる。

11.シリカゲルプレートを上にのせ、スポンジをのせて板を置く。

12.軽く重しを乗せて一晩乾燥、

■完成品

標本台紙のまま水洗したもの(左水洗前、右水洗後)

 

標本台紙を取り除いて水洗したもの(左水洗前、右水洗後)

■シリカゲルプレート

 

厚さ3mmのシリカゲルを含んだプレート。新聞紙サイズに切ってもらった。現在では、当時発注した業者では入手できない。1晩で濡れた台紙ごとの標本を乾燥できる。このシリカゲルプレートを乾燥器で乾燥し、標本には乾燥機を使わない。写真のものは2004年から使用しているが、まだ使える。

■丸ごと標本水洗器の作成

当館で使ってい標本を丸ごと洗うための道具を紹介します。

100円ショップでワイヤーネットを買ってきます。

このままだとサイズが大きいのでペンチでカットします(1標本につき2枚)。網戸の網も同じ大きさにカットします。

  

下からワイヤーネット、台紙、網戸、ワイヤーネットと重ねる。クリップで周囲4カ所を固定する。網がずれるようだったら、磁石で両側から固定する。下側にも水流がとどくよう、スペーサー(厚みがあって隙間ができればなんでも良い)を入れ、標本を浮かせる。台紙が崩れそうだったら下側にも網戸の網を入れる。標本が崩れたり、微少な種子がこぼれたりしそうだったら、網の代わりに布(テトロンブロード)を標本の上に載せる。

修復した標本の返却
修復した標本は、1点1点に標本とラベル、撮影した修復前の画像のプリントアウトがあるか確認し梱包しました。そして2012年4月28日に岩手県立博物館に発送しました。
研究報告の記事
徳島県立博物館の研究報告に記録の記事を投稿しました。
 PDFをダウンロード → 東日本大震災により被災した植物標本の修復
2012/4/30 研究集会(大阪市立自然史博物館) ポスター発表資料
2012年4月30日に大阪市立自然史博物館に標本レスキューに参加した方々が集まり、「 東日本大震災と自然史系博物館 被災自然史標本の修復技法と博物館救援体制を考える研究集会」が開催されました。その中で当館での事例についてポスター発表を行いました。
 PDFをダウンロード →  ポスター発表資料:徳島県立博物館の標本レスキュー活動

研究集会の様子

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