タヌキノショクダイ

Thismia abei (Akasawa) Hatus. (ヒナノシャクジョウ科)

 徳島県には変わった植物がたくさんある。タヌキノショクダイという面白い名前が付いたものもその一つである。
 この植物はヒナノシャクジョウ科の腐生植物である。腐生植物とは自分で光合成をして養分を作るのではなく、落ち葉などが微生物によって分解されたものを栄養にして生育しているものである。
 タヌキノショクダイは夏に、湿った落葉に埋もれて、白みを帯びた花を咲かせる。この科の植物は一度見つかっただけでニ度と発見されないことが多いが、那賀町木沢村沢谷の自生地は国の天然記念物に指定されており、毎年開花がみられる。分布が少ないので、環境省のレッドデータブックでも絶滅危惧IA類(ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高いもの)となっている。
 この植物は茎の高さが三〜四センチメートルと小さく、その先に乳白色の花を一つ付ける。花は壷状になっていて、上側は3枚の花びら(花被片)があってそれに細長い突起が付いており、あたかも飾りのようになっている。その底には雌しべがあり、全体の形が昔ロウソクをともした道具である燭台に似ているのでその名が付いた。 タヌキノショクダイがなぜこのような奇妙な形をしているのかは分かっていないが、花粉を運ばせるための手段に関係がある可能性がありそうだ。しかしながら、どのような手段で花粉を運ばせているのかまだまだ分かっていないことが多くある。

 この植物は最初に阿南市の大龍寺山で発見されたが、その場所が石灰岩の採掘によってなくなってしまった。その後、木沢村の沢谷の自生地が見つかり、ここも石灰岩地であったために石灰岩地の植物と思われてきた。その後、宮崎県や静岡県でも見つかったが、沢谷や大龍寺山のような石灰岩地ではなく、火山灰地や落葉樹林の林床と生育環境も様々である。宮崎県の生育地を発見者の方に案内していただいたが、現地の土壌は火山灰であった.林が切られて環境が変わっており、探しまわってはみたものの一個体しか見つけることができなかった。花期でも植物のほとんどが落ち葉に埋まっていてなかなか発見されない.多くの産地が陸産貝の採集の際に見つかっているが,落ち葉をかき分けて貝を採集するためであろう.他の地域でも見つかる可能性はあるが、微妙な環境に生育する植物なので大切に保護していきたいものである。
 これに近い仲間はかつてはブラジルにしかないといわれてきたが、霧島でキリシマタヌキノショクダイという近縁種が見つかった。また、系統関係の見直しも行われており、新たなことがわかってくるかもしれない。
 

※ タヌキノショクダイは最初「Glaziocharis abei Akasawa」と学名が付けられた.ブラジルにしか知られていないGlaziocharis属に入れられていたため,徳島とブラジルという地球を半周する距離の隔離分布と言われていた.そのために前川が提唱した古赤道分布を用いて,その分布を説明しようとたことがある.その後,「Thismia abei (Akasawa) Hatus.」と学名が組み替えられ,アジアにも分布するThismia属に入れられて,以前言われていたほどの隔離分布ではなくなっている.

※ 鹿児島県にもタヌキノショクダイがあると言われているが,鹿児島県レッドデータブックによると鹿児島県と宮崎県の県境で,宮崎県側とのことである.


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