実は,ハエのなかまにもこの名前が付いたものがいるのです.その名はシュモクバエ.しかし,シュモクザメと違ってシュモクバエというのは一つの種をさすのではなく,グループの名前で,分類学的には”科”という単位のもので,シュモクバエ科というわけです.
シュモクバエ科は,熱帯地方に多く,アフリカや東南アジアなどにはかなりたくさんの種が知られており,世界では約350種ほどいるだろうと考えられています.このハエは,古くからいろいろな本で紹介されていますから,その変わった姿を写真などでご覧になった方も多いのではないでしょうか.下の写真をご覧になるとおわかりのように,頭が大きく左右に張り出しています.そして,先端部の丸いところが複眼です.実は,頭の側面部がこのように左右に伸びるハエは,ショウジョウバエやヒロクチバエなどのなかまの一部にも,少数ですが知られています.シュモクバエでは,左右に伸びている細い棒のような部分(眼柄(がんぺい))の先端にある複眼の近くに触角があります.それに対して,ショウジョウバエやヒロクチバエなどでは,頭が左右に伸びるている種でも,触角は顔の中心部に,左右の2本が近接して存在し,シュモクバエのように左右の触角が中心から遠く離れていることはありません.つまり,シュモクバエのなかまは,顔の中心部付近から左右に伸びており,ショウジョウバエなどでは,複眼の付け根付近から伸びているというわけです.
このハエは,今のところ,石垣島,西表島の淡水域(つまり川や渓流)の,岸辺の植物の葉上や,川原にあるかなり大きい石の上などでしか見つかっておらず,幼虫の食性も不明です.
シュモクバエのなかまの幼虫の生活や,成虫の行動,生活史などは意外に調べられていません.幼虫がイネなどの茎や葉を食べる種だけは,かなり調べられているのですが,そのほかの種はごく限られた種だけしか研究されていないため,科全体のこととなるとまだ調査不十分というところです.しかし,外国では成虫が1年以上もの寿命を持つ種もいることが知られています.
ヒメシュモクバエは,インドネシアのスラウェシ島(セレベス島)から記載され,フィリピンや台湾など東南アジアの広い地域に分布していることが知られ,八重山が分布の北限となっています.しかし,生活についてはほとんどわかっておらず,調査はこれからというところです.
ところで,いったい何のためにこんな頭になったのか?誰もが気になるところですね.
答えを先にいえば,残念ながら日本の種ではまだわかっていません.大きな石の上などに,バナナなどをつぶして置いておくと,たくさんのヒメシュモクバエがやってきます.そのうちに餌を争うような場面も起こります.たいていはどちらかが横によけることで何事もなく終わるのですが,たまには顔をつき合わせて,相撲の土俵入りの時のような動作で,前足を大きく左右上方に広げたり,それを交互に折りたたんだり,しまいにはツンと相手の頭に頭突きをしたりすることがありますが,それもほんの一瞬で終わってしまいます.ほとんどの場合,頭の広い方がそのままの位置にいて,小さい方がよけるか,Uターンしておしまいです.激しい取っ組み合いというような争いをする所までいきません.残念なのは,この時争っている個体の性が全くわからないことです.
外国の報告では,餌をめぐる争いや,メスをめぐる激しい争いも起こるようですが,おもしろいのはこのハエのなかまは,夜,眠るときに,木から伸びた細い気根のような,垂れ下がったものに集団で眠ることが多いようで,その時はメスが,大きなオスのいるところに集まることが知られているようです.ですから,オスが大喧嘩するより先に,メスの方が大きなオスを選んでいるようなのです.交尾の時も同様の報告があります.ところが,このような行動は,オスとメスの体の大きさにはっきりと違いがある種に顕著に見られ,性による大きさの違いがほとんどない種ではあまり知られていないのです.残念ながら日本のヒメシュモクバエでもそこまでのおもしろい行動は見られない可能性が高いのです.
シュモクバエのなかまは,メスがオスを選ぶ例としてよく引き合いに出されます.しかし,日本のヒメシュモクバエでは,寝場所の集団も,交尾の時にメスが大きなオスを選ぶということも観察されていません.何とかこのハエの生活のひとコマを覗いてみたいものです.
(博物館ニュース,No.29.1997年12月1日発行より)