徳島県立博物館研究報告,(14): 69-83, March, 2004                               

[調査記録]  

四国におけるトガリアメンボの発見とその分布状況

 

大原賢二1・林 正美2

 

 

Occurrence of Rhagadotarsus kraepelini (Heteroptera, Gerridae) in Shikoku, Japan

 

Kenji Ohara1 and Masami Hayashi2

 

ABSTRACT Rhagadotarsus (Rhagadotarsus) kraepelini Breddin, 1905, is recorded from eastern Shikoku (Tokushima and Kagawa Prefectures) in the summer to early winter of 2003. This is the first record of this water strider from Shikoku. The localities in both prefectures are enumerated,together with notes on their environments. It is noticeable that the gerrid seems to have rapidly spread over eastern Shikoku since the summer season. A brief discussion on the factor of its unusual dispersal is also given.

Keywords: Tokushima, Kagawa, Rhagadotarsus, new record

 

1. はじめに

 2001年8月から秋にかけて,正体不明の小型のアメンボが兵庫県淡路島北部および神戸市周辺で発見された.同定依頼を受けた筆者の一人,林は,水生半翅類研究の第一人者である宮本正一博士とともに標本を検討し,東南アジアに広く分布するトガリアメンボ亜科 Rhagadotarsinae の1種,Rhagadotarsus (Rhagadotarsus) kraepelini Breddin, 1905 トガリアメンボと同定し,日本からの初記録として報告した (Hayashi and Miyamoto, 2002).体長3.3〜4.4 mmの小型で細身のアメンボで,腹端(第8腹節)が細長くなることで,容易に区別される(Figs. 1, 2)

 本種が兵庫県淡路島で発見され,その周辺の狭い地域にしか見られなかったことから,その直前に淡路島北部に東南アジアから持ち込まれた水生植物などに付着して移入されたと推測されたが,正確な侵入経路は明らかになっていない.

 発見直後の2001年11月に,筆者らは淡路島北部において本種の分布および生息環境調査を実施し,さらにその分布域を知るために徳島県鳴門市周辺のため池も調査した.発生の末期にあたったこともあるが,鳴門市周辺から香川県引田町にかけてのため池では本種は確認できず,当時はまだ淡路島南部(南淡町)や徳島県には侵入していないと思われた.

 発見時から翌2002年までの発生確認や,生息環境などに関する調査結果が報告され(中谷ら,2003),さらに,山尾・中尾(2003)は近畿地方での分布を精力的に調査し,2002年末までには本種は最初の発見地よりもさらに分布を拡大し,大阪府,和歌山県中部の日高郡西山町から淡路島の南部(南淡町)まで拡大していることが報告された.これらの結果から,本種が日本で越冬して分布を拡大していると推測され,徳島県を初めとして,ほかの地域へも分布を広げていく可能性が示唆された.

 林は,山尾・中尾(2003)による報告に淡路島南淡町の記録(2002年11月)があることから,徳島県でも鳴門市周辺への侵入・分布拡大が予想されるとして,鳴門市周辺のため池の調査を急遽実施するよう大原へ要請した.また,岡山県での状況についても,岡山市在住の野崎達也氏に調査をするよう勧めた.

  Fig.1. トガリアメンボ 無翅型成虫         Fig.2. 同,長翅型成虫

 

 大原は,2003年9月初めから本種の調査を開始し,鳴門市周辺にもすでに本種が分布していることを確認した.その後,徳島県内の山地を除くほとんどの地域,および香川県の東部〜中部でも発見され,2003年の夏にきわめて短時間で急速に分布を広げたことが推定された.同時期に岡山県でも瀬戸内海沿いの広い地域から確認され,夏以降に拡大したことがうかがわれた(野崎・野崎,2004).

 以下に,本種が発見された徳島県および香川県における分布状況や,その生息環境などについて報告する.

 本文に先立ち,本種の台湾における生息環境などの情報をご教示下さった福岡県の宮本正一博士,淡路島や関西における分布,ため池の環境などの貴重な情報をご提供下さった今給黎靖夫氏,中谷憲一氏,金沢 至博士,中尾史郎博士,岡山市の野崎達也・陽子ご夫妻に厚くお礼申し上げる.また,名西郡神山町の調査において,ゴルフ場内の調査に便宜を図って下さった徳島フォレストゴルフクラブ神山コースの樫本昭人氏にも心からお礼申し上げる.

 

2. 調査方法

 徳島県内のため池は,住宅地図を利用して各市町村内にあるため池全てを対象とした.調査は淡路島南部から侵入すると想定し,鳴門市から開始した.鳴門市周辺はほぼ全ての池を調査したが,その後は生息範囲の把握を目的としたため,1つのため池で本種が確認できた場合には,近くに別のため池があっても,大字や市町村が異なる場所まで移動し,そこからさらに西側,あるいは南側へと調査を進める方法をとった.

 香川県にはきわめて池が多く,住宅地図の入手が困難であったために,幹線道路沿いに西から東へ移動しながら,市町村ごとにいくつかのため池を選んで調査を行った.調査地の選定は道路沿いに位置する池を中心にし,植生,構造などはほとんど考慮せずに行った.

 採集には1 mmメッシュの水網を用い,本種が生息していた場合には確認のための少数個体を捕獲した.特別な場合を除いて,各産地の詳しい生息数までは調査していない.

 

3. 徳島県における分布状況

 以下に徳島県でトガリアメンボを発見できた池の分布状況について,市町村別に示す.

[鳴門市]

瀬戸町島田島大島田(9月3日)

 中山の旧南海鳴門ホテル下の池で発見した.ここには谷に沿って下の水田まで4個の池があるが,調査時点には一番上(奥)の池のみに見られた.これが四国での初記録となった.長翅型,無翅型,幼虫とも見られたが個体数はそれほど多くなかった.

瀬戸町島田島中島田(9月4日)

 前日発見した池から直線距離で約2 km南に位置する鳴門ハイツ下の2つ並んだ溜池(ため池).この池は2002年秋に筆者らが調査を行っており,その時点では本種は見られなかった.無翅型のみで,長翅型は見られなかった.

 この他にも,前述の2つの池の近くにある大きな中島田池,鳴門カントリークラブ下のため池,国道11号線と瀬戸町堂浦への分岐点近くの池,国道11号線と高速道路が交差する地点近くの大池(撫養町木津)でも長翅型,無翅型ともに発見した.

北灘町櫛木(9月4日)

 池は標高約100 mの所にあり,川を堰き止めたダム式のため池である.コンクリートの堰の部分に多数の成虫が見られ,長翅型の個体数も多かった.

撫養町妙見山(9月26日)

 徳島県立鳥居記念博物館のある妙見山麓にあるため池.周辺部での個体数は少なく,山からの流れ込みがある部分のみに2個体の長翅型が見られただけであった.

北灘町折野(9月13日)(Fig. 3)

 折野川を堰き止めた小さなダム湖.堰と県道41号線下の土手の周辺に少数の無翅型が見られた.

Fig. 3. 鳴門市北灘町折野

[板野郡]

板野町川端(9月10日,10月19日)

 高松自動車道の板野インターチェンジ西側の,県道1号線脇の3つの池のうち,墓地の下にある池で多数発見した.長翅型が多く,幼虫もかなり多く見られた.道路をはさんだ反対側の2つの池では調査できる範囲がきわめて狭く,発見できなかった.

板野町大坂関柱(9月10日)

ジョガマル池の下(南側)にある小さな池であるが,高速道路の工事によって池の岸全周がコンクリートで粗く塗られ,緩斜面となっている.コナラが覆って日陰を作っている部分に長翅型,無翅型ともにかなり多数の個体が見られた.

板野町蔵佐(9月10日)

徳島県立あすたむらんど徳島のすぐ東側にある虹ヶ谷池.堰は南側にあり,コンクリートブロックで,東西の岸は自然の山の斜面である.ここでは無翅型しか見られなかったが,池全体にわたる調査が難しく,奥の方は調査できていない.

藍住町勝瑞(9月26日,10月18日)(Fig. 4)

 勝瑞にある勝瑞城趾の堀の北側部分.ここでは長翅型,無翅型,幼虫ともに見られ,個体数も多かった.周辺は人家と畑,水田になっているが,中世に勝瑞城があったため,北側は土を掘っただけの堀となっている(南側と西側は公園化され護岸されている).南〜西側はハスが繁茂していたために調査を行っていない.

上板町神宅(9月23日)(Fig. 5)

 徳島自動車道上り線の上板サービスエリアのすぐ横にある池.周囲はクヌギ,アラカシなどで全面が被われ,排水路の部分のみが幅2mほどのコンクリートである.この池には非常に多数の個体(長翅型,無翅型,幼虫)が見られた.

土成町秋月(9月17日)

 切幡寺の近くの神明池.人家の近くにある円形のため池であったが,かなり多数の個体が見られた.北側からわずかな流れ込みがあり,北側にはアカメガシワ,アキニレがあり,その陰になる部分に長翅型,無翅型,幼虫が混生していた.

Fig. 4. 藍住町勝瑞,勝瑞城址北側の堀          Fig. 5. 上板町神宅

 

[阿波郡]

市場町(9月23日)

 県道鳴門池田線沿いの山野上バス停付近にあるため池.周囲はほぼ全面がコンクリートブロックで囲まれ,周囲に樹木はないが,西側は土砂が堆積して植物が見られる.この池では無翅型が数個体見つかった程度で,個体数は非常に少なかった.

 金清公園の下流側の2つの池.上の池は多数のハクチョウがいるために調査がしにくく,下の池のみを調査した.大きな堰き止め湖であるが,周囲に植物がなく,枯れた木の枝が水面に突き出た部分の下のみに10個体ほどの無翅型が集合していた.

阿波郡阿波町(9月17日)

 土柱の東側にある堰き止めダム.ここにはかなりの数が見られたがほとんど無翅型であった.

 伊沢にある伊沢神社前の池.調査時には水量がかなり減少しており,池の周辺部には酸欠によると思われる魚の死体が多数見られた.南側がコンクリートブロックの堰で,東側が県道志度山川線の高さ3 mほどのコンクリート擁壁となっている.ほかの部分は土である.堰の部分と土の部分にはまったく見られなかったが,県道志度山川線側のコンクリート擁壁直下のみに長翅型,無翅型,幼虫がともに見られた.個体数はそれほど多くなく,数十個体程度であった.

[美馬郡]

脇町(9月17日)

 脇町岩倉周辺にある大型のため池,小星公園の北の池および造成された池ではまったく発見できなかったが,脇町高等学校上の台地上にある道路と人家にはさまれた一辺がわずか4 mほどの三角形の小さな池でのみ数個体の無翅型が確認された.

三野町芝生(9月23日)(Fig. 6)

 かなり大きなため池で,調査時は水が半分ほど抜かれ,一周してほぼ全水面を調べることができた.ここでは1本の枯れ枝が水面から出ており,それに隠れるように泳ぐ5〜6個体の長翅型が見られたのみであった.無翅型も幼虫も見られなかったことから,この長翅型はこの池に飛来してまだあまり時間が経過していないのではないかと思われた.

 現時点ではこの池が徳島県では最も西側の産地となる.

Fig. 6. 三野町芝生

 [徳島市] 

国府町延命(9月10日, 10月18日)

 四国八十八ヵ所,14番札所の常楽寺の横にある池.個体数は少なく,無翅型のみが見られた.

下町夫婦池(9月10日〜12月10日)(Fig. 7)

上八万中学校近くの夫婦池.長翅型,無翅型,幼虫ともに多数が見られた.ここも数回の調査を行ったが,渇水時に増加した個体数が,大雨で増水した後は激減した.

上八万町星河内(9月28日)

星河内の谷の上流にあるため池.無翅型成虫が見られた.

渋野町入野(9月11日,10月19日)(Fig. 8)

 過去の水生半翅類の調査で,オヨギカタビロアメンボ Xiphovelia japonica Esaki et Miyamoto を発見した池である.周囲がアラカシなどの照葉樹林になっている.ここは2001年から2002年10月まで何回も調査を行っているが,それまではまったく本種は見られなかった.2003年9月11日の調査で,長翅型,無翅型ともにかなりの個体数を発見した.10月の調査時点では9月よりも個体数は増加し,幼虫も見られた.

Fig.7. 徳島市下町夫婦池(上側の池)            Fig. 8. 徳島市渋野町入野

[名西郡]

石井町石井(9月22日〜12月22日)(Fig. 9)

 県立農業大学校の裏にあるため池で,北〜西側半分はコンクリートブロックで護岸されている.野鳥の森公園側(東〜南側)の岸は土質で,周囲はアラカシを中心とする照葉樹林である.9月22日の1回目の調査以降,県内ではここがもっとも個体数が多かったため,この池では生息状況の調査を数回行った.長翅型,無翅型,幼虫ともにほぼ水面全体に見られ,10月19日までは長翅型も多く見られた.12月7日にはアラカシの樹下に,幼虫と,かなり多数の無翅型成虫が見られたが,開放水面部分にはまったく見られなかった.その後,気温が急速に下がり19日から20日にかけて霜も降りたため,12月22日にはまったく発見できなかった.

石井町前山(9月22日)(Fig. 10)

 前山公園の池.完全に公園化されて整備されており,周囲は擬木ブロックで囲まれている.一周しての調査ができたが,流れ込みのある水路部分のみに無翅型成虫が数十個体見られた.

Fig. 9. 石井町石井,県立農業大学校裏             Fig. 10. 石井町前山公園

神山町広野(9月22日)

 神山町には池がほとんどないため,広野にある徳島フォレストゴルフクラブの許可を得て,ゴルフ場のコース脇にある堰き止め池を調査した.長翅型,無翅型ともに見られ,個体数もかなり多かった.

[麻植郡]

鴨島町上浦〜山路(9月22日)(Fig. 11)

 上浦〜山路の間の2つの池で見られた.個体数は多くはなかったが,成虫(長翅型,無翅型),幼虫ともに見られた.

            Fig. 11. 鴨島町山路

川島町芝生(9月23日)

 上桜公園の大正池.遊歩道で分かれている西側の小さな池で成虫(長翅型,無翅型)が見られた.個体数は多くはなく,広い方の池では発見できなかった.

山川町旗見(10月22日)

 山川町も池が少なく,ため池はここにある1ヵ所と思われる.周辺はクヌギ,土手近くはクズなどが被うような,自然度の比較的高い池で,排水口付近だけが狭いコンクリート製になっている.調査時期が遅かったためか,長翅型は非常に少なかったが,無翅型は数十個体見られた.

[小松島市]

櫛淵町東谷(9月18日,10月19日)(Fig. 12)

 かなり大きな池で,人家側(東側)は金属製の網カゴに石を詰めたもので護岸されていた.その周辺にきわめて多数の長翅型,無翅型,幼虫が混生していた.アラカシやヤナギ類,アカメガシワなどの小木の木陰となる部分にはほとんど見られず,日当たりの良い明るい部分に集中していた.

Fig. 12. 小松島市櫛淵町

[阿南市]

津乃峰町西分(9月18日,10月19日)

 県道286号線とJR牟岐線の間にあり,道路側は全面コンクリート擁壁となっている.9月18日には数個体しか見つからなかったが,10月19日にはかなり増えており,短期間での増殖が可能であることを実感した.ここでは無翅型と幼虫だけしか発見できなかった.

桑野町花井(10月19日)(Fig. 13)

 桑野自動車学校横のため池.南側半分はアラカシの樹林になっている.東側の堰の部分も土で,コンクリートの部分は排水路だけである.堰の部分からアラカシの木陰になる部分までの周縁部に見られた(長翅型,無翅型,幼虫).

新野町宮前(10月19日)

 調査時点ではほとんど水が抜かれており,狭い範囲に無翅型が少数見られた.

新野町柳田(10月19日)(Fig. 14)

 堰の部分はチガヤやススキで被われているが,奥はコナラ,シイが混じる樹林.コナラやシイの木陰となる部分に無翅型と幼虫が非常に多く見られた.

 

  Fig.13. 阿南市桑野町花井                Fig. 14. 阿南市新野町神田

 

4. 香川県における分布状況

 徳島県で本種が広範囲に分布していることが判明したので,2003年9月13日以降に香川県でも調査を行った.この年の調査ではトガリアメンボがどこまで広がっているかを把握することを目標にしたために,東から西へ,主要道路沿いにいくつかの池を調査したにすぎない.

 現時点では,香川県のもっとも西の記録は高松空港下の池(香川郡香南町)である.愛媛県に近い三豊郡豊浜町から観音寺市までの間では確認できず,琴平町あたりが分布の境界ではないかと考えられたが,その後は調査する機会がなく,確実な分布境界に関するデータは得られていない.

[東かがわ市]

坂元(旧大川郡引田町)(9月13日)(Fig. 15)

 徳島県板野町から大坂峠を越えて香川県に入り,県道1号線が海岸で国道11号線と合流する直前の小さなため池(JR高徳線脇).ここは鉄道沿い以外の部分はアラカシなどが被っている.アラカシの枝の下で無翅型と幼虫が見られた.

黒羽(くれは)・吉祥寺池(旧大川郡引田町黒羽)(9月13日)(Fig. 16)

 吉祥寺近くある大きなため池.堰はコンクリートブロックで,他の部分は土である.堰の部分は150 mくらいあるが,この部分にはまったく見られず,北岸にあるコナラが木陰を作っている部分に少数の無翅型成虫が見られた.

 Fig. 15. 東かがわ市坂元                 Fig. 16. 東かがわ市黒羽吉祥寺

引田翼山・中山池(旧大川郡引田町)(9月13日)

高松自動車道の引田インターチェンジ近くで,国道11号線のすぐ脇にある大きなため池.個体数は少なかったが,無翅型成虫が見られた.

白鳥清房(旧大川郡白鳥町)(9月13日)(Fig. 17)

県道318号線の西山交差点から500mほど南側にある池.西側は新しく護岸されていた.護岸部分にはまったく見られなかったが,北側のコナラの樹下だけに無翅型が少数個体見られた.

Fig. 17. 東かがわ市白鳥清房

[さぬき市]

津田神野(旧大川郡津田町)(9月13日)

 JR高徳線の讃岐津田と鶴羽駅のちょうど中間付近の線路脇の小さな池.水面のほとんどがヒシで被われており,周辺部まで水面が見えなかった.ウバメガシが被っていた北側の一角は日陰となるためにヒシが見られなかったため,そこだけに長翅型,無翅型ともにかなりの数が見られた.

羽立峠(はたてとうげ)(旧大川郡志度町)(9月26日)(Fig. 18)

 国道11号線の羽立峠から高松側へ下る途中の右側にある池.下流側の堰の部分はコンクリートブロックで,堰の周辺にはまったく見られず,道路と反対側のアラカシが被っている部分にのみ,長翅型,無翅型,幼虫ともに見られた.

[木田郡]

牟礼町(9月26日)(Fig. 19)

 五剣山の南斜面,石の資料館の下にある公園化された池.周囲はすべてコンクリートで囲まれていたが,水の流れ込み口付近がススキやフジで被われており,その下の水面のみに無翅型が多数見られた.

 Fig. 18. さぬき市羽立峠                 Fig. 19. 木田郡牟礼町五剣山下

三木町(9月26日)

 牟礼町から高松自動車道のさぬき三木インターチェンジへ続く県道38号線沿いの,新立石トンネルを出てすぐ西側下にある池.堰の部分はコンクリートであるが,周辺部は自然度も高く,トガリアメンボの個体数は多かった(長翅型,無翅型,幼虫).

[高松市]

新田町さつきヶ丘(9月26日)(Fig. 20)

 さつきヶ丘団地の山際にあるため池.堰はコンクリートブロックであるが,谷を堰き止めた形状であるので堰の部分以外は自然度が高い.堰の部分ではきわめて少数の個体しか見られなかったが,奥のアラカシも樹下付近に,長翅型,無翅型,幼虫ともに非常に多数の個体が見られた.

Fig. 20. 高松市新田町さつきヶ丘

[香川郡]

香南町岡(11月9日)

 高松空港の滑走路東北端直下にある池.かなり大きな池で,堰の部分はコンクリートブロックで,側部はほとんどの部分がコナラの疎林となっている.堰付近では確認できなかったが,側部のコナラなどの木陰となる部分に無翅型のみが見られた.ここを調査したのは時期的に遅すぎたためか,個体数は数十個体ほどしか見られなかった.

 2003年秋の調査では,この産地が香川県における一番西の記録となる.

 

5. 考察

 四国東部における2003年秋から冬にかけてのトガリアメンボの分布調査の概要をFig. 21に示した.

 トガリアメンボは2003年9月に鳴門市周辺で初めて確認されたが,その時点で,成虫(長翅型,無翅型)および幼虫も多く見られた.中谷氏によると(私信),夏季における本種の成長スピードはかなり速く,卵期が10日ほどで,成虫まで約1ヵ月たらずで成長するとのことである.徳島県,香川県で本種が見られた池では,ほとんどの場所で移動力のない無翅型成虫が見られたことから,四国に侵入してから,少なくとも1ヵ月ほどは経過していることになる.

        Fig. 21. 徳島県と香川県におけるトガリアメンボの分布概念図.
            ●:トガリアメンボを発見した地点;×:調査したが発見できなかった地点

 

 本種がいつ四国に入ったかを正確に知ることはできないが,大原は鳴門市島田島鳴門ハイツ下の池を2003年6月21日に調査している.その時点では本種を発見しておらず,9月4日の調査で,かなり多くの成虫(長翅型,無翅型)と幼虫を得ている.このことから少なくともこの池では,6月下旬〜8月上旬の間に侵入したと考えられる.

 しかしながら,上記のように,9月から10月くらいまでに四国東部の広い範囲にすでに分布を拡大していたころから考えると,淡路島から鳴門方面へ飛来した長翅型が,池から池へと少しずつ移動をくり返しながら分布を拡大していったとは考えにくく,何らかの要因で一気に広い範囲に広がったと考えざるを得ない.本州でも同じような現象がみられ,2003年9月以降に岡山県〜広島県東部(福山市)まで生息が確認されている(野崎・野崎, 2004).いずれも,西側へ偏った拡がりで,筆者らは5月30日に徳島県に接近した台風4号,あるいは,8月8〜9日に徳島県東部をかすめて北東に移動した大型の台風10号による西向きの強い風によって,一気に広範囲に拡がったのではないかと考えている.

 なお,愛媛県の瀬戸内海側では,新居浜市から川之江市のため池を調査したが,生息環境としては適していると思われるため池が多数あるにもかかわらず,まったく発見できなかった.香川県西端の三豊郡豊浜町から観音寺市にかけての一部の地域で調査を行ったが,この一帯でも発見できなかった.高松空港付近から観音寺市にかけての地域では未調査で,本種の詳しい分布境界を確定することはできなかった.この香川県の分布の西端は,徳島県の分布域で見ると,三好郡三野町付近とほぼ一致する.

 徳島県南部は,阿南市新野町までしか確認できなかったが,その地点から南側の池は調査が不十分で,海部郡由岐町田井ノ浜,海部郡日和佐町阿瀬比の浜付近の池では発見していないが,それより南側は未調査であり,やはり分布境界を正確に知ることはできていない.

 徳島県の東端に位置する阿南市椿町蒲生田岬先端部にある蒲生田大池と,その付け根(基部)にあたる椿町高岸付近にある池では本種を発見できなかった.この地点の東にある和歌山県日高郡日高町には本種の記録があり,和歌山県では数km離れた島への移動が確認されている(山尾・中尾,2003).蒲生田岬周辺の池は,紀伊水道を越えて移動したとすれば当然,最初にたどり着くと考えられる池であり,この地域で発見できなかったことからも,四国への侵入は淡路島からであると考えてよさそうである.

 生息環境としては中谷ら(2003)によって詳しく述べられているように,きわめて人工的であっても,自然度の高いため池であってもそれほど関係はないと思われる.また,多くの池で外来種のオオクチバスなどが見られたが,外来魚類の存在はトガリアメンボの生息には関係はないようである.また,周辺部に樹木や,ススキなどによって日陰が形成されると,そのような場所に集中する傾向が見られた.

 小松島市や阿南市の水田地帯では,幅のやや広い水路が緩く流れるような場所や,水路が堰き止められて止水状態の場所が何ヵ所もあるが,このような場所では発見できていない.しかし,鳴門市北灘町の櫛木や折野の池は,谷を堰き止めたダム湖的な池であるが,これらの池では堰の近くや,周囲の土手の下などに見られた.

 2003年の調査において,調査は行ったが本種を発見できなかった地域としては,先に挙げた阿南市蒲生田岬をはじめとして,名東郡佐那河内村,那賀郡羽ノ浦町,那賀郡那賀川町,那賀郡鷲敷町などがある.羽ノ浦町や那賀川町は小松島市と阿南市の間に位置しているが,ため池がほとんどなく,団地の排水池や,公園化された池しかないために生息できなかったと考えられる.佐那河内村八反地には周囲を照葉樹林に囲まれた池があるが,周囲を囲む樹木が池の面を被う面積が広く,開放水面がかなり狭いために,飛翔中の本種が池を発見できなかった可能性が高い.なお,ここにはオオアメンボ Aquarius elongates (Uhler) がきわめて多数生息している.

 鷲敷町には大塚製薬鷲敷工場の周辺にいくつかの池があるが,これらの池は本種の生息に好適な環境と思われたが,まったく発見できなかった.鷲敷町には侵入していない可能性が高い.

 徳島市城山公園内の池,川内町鈴江南の南丸池 (Fig. 22)および川内町中島の天神池 (Fig. 23),板野郡松茂町笹木野の池 (Fig. 24)は市街地に近い池であるが,ここではまったく発見できなかった.生息には適していると思われる池であるが,これらの池ではきわめて多数のカダヤシ(タップミノー)とメダカが見られた.トガリアメンボが見られた池ではすべてナミアメンボ Aquarius paludum paludum (Fabricius) やハネナシアメンボ Gerris (Gerris) nepalensis Distant などが混生していたが,ここではほかのアメンボ類もまったく見られず,水面に落ちた昆虫などに対して,瞬間的にカダヤシが襲う姿が頻繁に観察されたことから,カの幼虫駆除のために毎年放流されているカダヤシが,アメンボ類の幼虫を捕食するために生息できないのではないかと考えられる.

Fig. 22.徳島市川内町鈴江南(南丸池)             Fig. 23.徳島市川内町中島(天神池)

 鳴門市里浦町鳴門運動公園内の池 (Fig. 25) は完全な人工の池であり,運動公園内にある.周囲は石で囲まれ,水深は50 cmほどである.この池にはコイは放流されているが特に生息できない要因はないと思われたが,ここでは発見できなかった.

Fig. 24. 板野郡松茂町笹木野                Fig. 25. 鳴門市里浦町鳴門運動公園

  四国に侵入したトガリアメンボが,2003年の夏以降に,短時間できわめて広い地域に拡がっていたことが判明したが,2003年12月までに,成虫や幼虫の姿は見られなくなった.本種が最初に発見された淡路島や,その後分布を拡大した近畿地方ではその後の年も継続して発生したことから,四国の東部でもそれらの地域と同じように,卵での越冬は可能であろうと予想される.四国の水生半翅類相のメンバーとして定着した可能性が高く,今後,どれくらいの速度で分布をさらに拡大していくのか,2004年以降も継続して調査を行っていきたい.

 

 引用文献

Hayashi, M. and S. Miyamoto. 2002. Discovery of Rhagadotarsus kraepelini (Heteroptera, Gerridae) from Japan. Japanese Journal of Systematic Entomology, 8: 79-80.

中谷憲一・今給黎靖夫・金沢至・河合正人. 2003. トガリアメンボの発見と生息環境.Nature Study, 49(2): 3-5.

野崎達也・野崎陽子. 2004. トガリアメンボの岡山県・広島県東部への分布拡大.すずむし,(138): 7-11.

山尾あゆみ・中尾史郎. 2003. 近畿地方におけるトガリアメンボ亜科の1種,Rhagadotarsus kraepeliniの定着と分布拡大.南紀生物,45: 15-20.

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