生きた化石 オウムガイ

辻野 泰之

 

 徳島県立博物館2階の部門展示室には美しい縞模様の殻をもつオウムガイが展示されています。オウムガイは一見、大きな殻をもつ巻貝の仲間と思われがちですが、頭足類(とうそくるい)とよばれるタコやイカの仲間に含まれます。オウムガイの殻の構造は大きく巻貝と異なります。オウムガイの殻は、いくつもの壁で仕切られた部屋とその部屋を貫く連室細管(れんしつさいかん)とよばれるチューブで構成される部分と軟体部が収納されている大きな部屋の部分の2つに分かれます。多くの部屋からなる部分は「気房(きぼう)」といい、軟体部が収納されている部分は「住房(じゅうぼう)」といいます(図1、2)。巻貝の殻の場合、気房をもちません。オウムガイはこの壁で仕切られた部屋にガスを満たすことによって、浮力を得て海底に沈むことなく海中を浮かぶことができます。微妙な浮力の調節はカメラル液という液体を軟体部から通じる連室細管を使って部屋の中に出し入れすることによって行われます。そして、ガスによって得られた浮力と口から取り込んだ海水を漏斗(ろうと)から勢いよく吹き出すことによって、進行方向に泳ぐことができます。

 

どこに生息し、何種類いるのか?

 現在のところ、知られているオウムガイの種類は、オウムガイ(Nautilus pompilius)、パラオオウムガイ(N. belauensis)、オオベソオウムガイ(N. macromphalus)、ヒロベソオウムガイ(N. scrobiculatus)、そしてコベソオウムガイ(N. stenomphalus)の5種類が確認されています。最近のDNAを用いた研究では、ヒロベソオウムガイだけはどの種類のオウムガイからも遺伝的に遠い関係にあり、それ以外のオウムガイは形の違いに関係なく遺伝的に近い関係にあることがわかり、オウムガイとヒロベソオウムガイの2種にするべきという考え方もあります。

 これらのオウムガイは南西太平洋からインド洋にかけてのサンゴ礁が発達する熱帯域の水深150〜300 mの範囲に生息しています(図3)。深い所では600 mほどまで潜ります。しかし、それより深い、800 m近くの水深になると静水圧によって殻が壊れてしまいます。生息している水深に大きな範囲があるのは、日中、太陽が出ているときは比較的水深の深い所におり、夜間になると浅い所に移動するためです。浅い所への移動はエサを探すためや産卵のために行われます。

 

なにを食べているのか?

 オウムガイと同じ仲間のタコやイカは素早く動き、生きている魚を上手に捕まえます。それに対して、オウムガイを野外や飼育水槽で観察していると、水中を動くスピードはたいへん遅く、とても素早く動く魚を捕まえるように思えません。それではオウムガイはなにを食べているのでしょうか? 野外で採集されたオウムガイの消化管の中を見てみると、エビ、カニ、魚の肉片やほかのオウムガイの触手も確認されています。また実際、ダイバーなどによって、オウムガイがロブスターなどの大型のエビの脱皮殻や死骸を食べているところが観察されています。どうやら、上手に狩りのできないオウムガイは素早く魚などを捕まえるのでなく、おもに魚やエビ、カニなどの生物の死骸を食べているようです。オウムガイを捕まえているフィリピンのセブ島周辺の現地の漁師の人たちは、ニワトリの肉をエサにして捕まえています(図4、5)。

 

本当に「生きた化石」?

 私たちは良く「生きた化石」という言葉を使いますが、一体どのような生物のことをいうのでしょうか?「生きた化石」とは、地質時代の長い時間、あまり形を変えず、大昔は繁栄していたが、現在では細々としか生き残っていない生物のことをいいます。現在のオウムガイに形が似ているもっとも古い化石は三畳紀(さんじょうき)後期(約2億4000万年前)の地層から見つかっており、現在のオウムガイに近い種類(Nautilus属)は古第三紀(約6000万年前)に現れたと考えられています。しかし、鮮新世(せんしんせい)から更新世(こうしんせい)(約500万〜1万年前)の地層からはオウムガイ化石が見つかっておらず足取りをつかむことができません。遺伝子を用いた研究でも現在のオウムガイは古くて500万年前に現れたとされ、それほど古くはありません。また、オウムガイは絶滅の危機に瀕している生物のように思われがちですが、決してそうではなく、進化の途上にあるという考え方もあります。そういった面では「生きた化石」ではないのかもしれません。

  

図1 オウムガイの殼の内部構造。

図2 住房から軟体部を抜き取ったオウムガイ。

図3 オウムガイが生息しているフィリピン・セブ島周辺の海。

図4 フィリピンでの漁の様子。

図5 ニワトリの肉を食べるオウムガイ。


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