地層からみた干潟環境

中尾賢一

 はじめに
 干潟とは、河口や海岸部にしばしば発達する平らな湿地(潮汐低地:砂〜泥干潟)とその周辺域のことです(図1)。県内にも、吉野川や勝浦川、那佐湾など数か所に比較的まとった規模の干潟があります。干潟という言葉で多くの人がイメージするのは、貝掘りとか、シオマネキ・ムツゴロウなどでしょうが、地層の形成という点に着目すれば、干潟ともっとも関連が深いのは潮汐の働きです。ここでは干潟で形成されるさまざまな地層の典型的な例をご紹介しましょう。

 潮汐とは
 海には1日約2回の干潮と満潮があり、周期的に海面が上下動しています。この現象が潮汐です。基本的には月と太陽の引力によって発生する現象で、干潮と満潮の差(潮位差)は、新月と満月の日には大きく(大潮)、半月の日には小さく(小潮)なります。たとえば小松島港では、3月から5月にかけての新月の昼間に潮位差が大きくなり、最大1.6mほどになります。
 潮汐には地域によってかなりの違いがあります。潮位差が大きい地域として国内では有明海が有名で(図2)、湾奥の佐賀県住之江港では最大5m以上に達します。さらにカナダや韓国などには10m以上に達する場所もあります。その一方で潮位差がほとんどない場所もあり、たとえば新潟の日本海沿岸では潮位差は最大30cmほどです。国内で潮位差の大きい有明海には広大な干潟が発達しますが、日本海側にはほとんどありません。
 潮汐によって、周期的な海水の流動(潮流)が起きます。潮流には、流れの向き(陸→海(下げ潮)または海→陸(上げ潮))が交互に入れ替わったり(1地点では片方が卓越することが多い)、満潮や干潮ピークには一時的に流れが止まる性質があります。このような性質から、干潟で形成された地層には、河川や波浪など他の営力で形成された地層には見られない、独特のリズミカルな周期性があります。

 砂〜泥干潟で堆積した地層
 砂〜泥干潟では、一方向の水流が作った規則的な起伏(カレントリップル:漣痕(れんこん))が見られます(図3)。これは、上げ潮または下げ潮時に砂が動くことによってできる微地形で、砂の多い干潟で特に顕著です。満潮時には水の動きが止まるため、砂の起伏を埋めるように泥が堆積します。その上を、カレントリップルを伴う砂が再び覆います。このようにして、カレントリップルを伴う砂→泥→カレントリップルを伴う砂→泥のくり返しからなる砂泥互層が堆積します。泥と砂の割合はさまざまですが、陸に近いところでは泥が多くなり、沖合ほど砂が多くなる傾向があります(図1)。
 図4、図5は混合干潟および泥干潟で堆積したと考えられる地層の断面です。ともに厚い泥層(ここでは白色)と周期的に膨縮する砂層(黒色)がくり返し重なっています。砂層はカレントリップルの断面で、図5では2つの方向が交互にくり返しているのがわかります。砂と泥の割合がほぼ等しいものを波状層理(図4)、泥が多いものをレンズ状層理(図5)、砂が多いものをフレーザー層理とよんでいます。

 干潟内の潮汐流路で堆積した地層
 泥干潟の上には、沖合までつづく細い流路(潮汐流路:澪(みお))がしばしば発達し、水平方向によく移動します。小型の船の通り道になるため標識が立てられています。
 図6で示した斜交層理砂層は、その上下を泥〜混合干潟の地層にはさまれています。また、砂層内部には満潮および干潮ピーク時に堆積した薄い泥の層がはさまっています。このような特徴から、この砂層は泥〜混合干潟の上の潮汐流路で堆積した地層だと考えられます。

 潮汐流路?の地層
 上げ潮と下げ潮の力がほぼ等しく働く場所では、正反対の向きの砂層が交互に重なった地層が稀に形成されることがあります。このような地層を断面で見ると、矢筈(やはず)(綾杉(あやすぎ))模様をなしています。英語ではこのような模様をヘリンボーン(ニシンの骨)というので、ヘリンボーン構造とよばれています。
 この構造は、上げ潮と下げ潮が同程度に強く働く、何らかの流路的な場所で形成されますが、図1に示したような、潮下帯で海岸線と平行にのびる潮汐流路に限定されているわけではありません。

図1 干潟の模式図(Dalrymple, 1992を改変、加筆)。

図2 砂干潟の上に“座礁”した漁船(佐賀空港沖)。じつは潮干狩りの光景で、潮が高いときに沖の干潟に移動し、干潮を待って船が“座礁”すると貝掘りを開始する。漁船も貝掘りの参加者も、次の潮が満ちてくるまでこの場所から動けない。

図3 泥干潟の上のカレントリップル(熊本市,有明海南東部)。

図4 波状層理(長崎県南島原市北有馬町)。砂層の断面の形から、主に左→右に向かう水流で形成されたことがわかる

図5 レンズ状層理(長崎県南島原市北有馬町)。右→左(青い矢印)と、左→右(赤い矢印)の2つの水流の方向がくり返している。

図6 斜交層理砂層(長崎県南島原市北有馬町)。

図7 ヘリンボーン構造を示す砂層(鹿児島県南種子町)。形成の場所は不明。


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