史料保存ネットワークの可能性
−博物館の現場から−

はじめに
 全史料協や地方史研究協議会、各地の歴史研究団体等による地道な運動の結果、文書館の設立が、少なくとも都道府県立レベルではかなりの進展を見た。このことは、地域史料の保存体制の整備を意味するものであり、喜ばしいことである。だが、今後の史料保存のあり方について議論すべき課題も多いだろう。そのひとつに、いわゆる類縁機関との相互関係の問題があろう。すなわち、博物館・図書館等が独自に史料(古文書)収集・保存・利用業務を行っており、その点において文書館との業務内容が重複するため、文書館や博物館等を包括的にとらえ、広い視野からの個々の機能と相互補完についての検討が不可欠である。
 以下では、博物館学芸員の立場から、博物館(歴史系博物館および総合博物館人文系部門)と文書館(公文書館法に依拠し、古文書・公文書双方を対象とする施設を念頭におく)の機能や、徳島県における機関間連携の現状を概観する。史料保存のためのネットワークを考えるための契機となれば幸いに思う。

 

1 「歴史資料」と博物館・文書館
(1)歴史資料とは何か−博物館の立場
 博物館や文書館はともに、史料=歴史資料を扱う。では、歴史資料とは何なのか。全史料協もその名に「歴史資料」という語を含みながら、明確な定義を示してはいない。
 一般的に史料ないしは歴史資料といえば、古文書を中心とする文字資料とほぼ同義と見なされている(狭義の歴史資料)。文書館を念頭におく場合は、このような理解によることが多いであろう。博物館でも、歴史部門だけに限った場合、古文書が主要な収集対象であるため、同様の認識を抱きがちである。
 これに対し、多くの博物館における収蔵資料(出土遺物、古文書、民具、絵画、彫刻等)は、考古・歴史・民俗・美術という分野区分のもとで扱われているが、当然のことながら、それらはすべて歴史性を持つ。ゆえに、博物館資料全体が歴史資料の範疇に含まれるという理解が成立する(広義の歴史資料)。これは、古文書、民具、絵画等が混在する一括伝来史料群の歴史性(来歴)を重視した一元的な取り扱いを可能にする考え方であり、文化財保存という観点からも重要であろう。

(2)博物館と文書館の共通性・個別性
 歴史資料の性格という面から博物館の立場を述べるだけでは、博物館・文書館の差異を強調するに止まるかもしれない。そこで、博物館と文書館の機能面での共通性や個別性を検討してみたい。

 (a)共通性
 博物館・文書館の最大の共通点は、狭義の歴史資料、とくに古文書の収集・保存・利用業務を行う点にある。
 また、博物館では資料収集保存、調査研究、教育普及、展示を業務の柱とするが、同様のことが文書館でもいえるようである(少なくとも展示以外は一般的らしい)。そうした面からも機能的な相似性が指摘できよう。

 (b)個別性と問題点
  i)博物館
 かつて博物館では、その機能の大半は展示に集約されており、収集資料には優品的価値が求められた。
だが、現代の博物館、少なくとも地方公立博物館の多くは、こうした性格から脱却し、地域史への傾斜が目立っている。
 したがって、収集対象は地域に関する広義の歴史資料全般となり、実物を中心に、マイクロフィルムや映像、音声記録等が含まれる。それに関わり、文献史学と考古学・民俗学・美術史学の協業による総合的な調査活動の素地があることにも注意しておきたい。また、収蔵資料は展示だけが使用目的ではなく、保存、研究、教育普及活動等、多様な目的によって扱われている。しかしながら、概して目録の公開、閲覧への対応の遅れが目立つ。

  ii)文書館
 設置条例への明記の有無は別にして、少なくとも公文書館法施行後の設置施設は、同法に依拠し、公文書・行政資料の収集・保存・利用業務を行っていることが多い。この点は他の機関が代位できない機能である。しかしながら、古文書を対象に含む施設の場合、教育普及や展示等の業務において古文書・前近代史に関心が偏る傾向が強く、必ずしもバランスのとれた活動がなされているわけではないようである。
 収集対象については、必ずしも実物が重視されるのではなく、マイクロ撮影による代替資料収集がさかんに行われている。資料を閲覧に供することも業務の中では比重が高く、博物館より格段に閲覧体制の整備が進んでいるのが通例である。

 以上の概観を踏まえ、博物館・文書館の個別的機能の強化とともに、共通性である古文書を対象とする業務における連携の必要性を指摘しておきたい。史料の散逸防止、個々の機関の人的・機能的限界を越えるためにも、相互補完の道は不可避の問題となるはずである。 

2 徳島県における機関連携の現状
(1)徳島県における関係機関の設置状況
 徳島県では1980年代後半〜90年代前半に博物館や資料館等が増加してきた。県立施設では、90年に文化の森総合公園の開設に伴い、県立博物館・文書館等が集中配置され、博物館人文系部門には学芸員7名、文書館には古文書係に専門職員1名がおかれた。また50市町村のうち、公立・準公立の歴史系博物館・資料館設置自治体は29に止まる(建設中を含む)。実態は図書館や公民館に展示室を設けているだけのところが多い。スタッフについては、90年代に設置された徳島市立徳島城博物館や松茂町歴史民俗資料館等、学芸員をおく施設がありはするが、大半は非常勤職員1名程度を充てて済ませている。
 併せて自治体史編纂についても触れておきたい。現在編纂室を設置する自治体は8市町ある。従来、編纂事業に際しては、史料群の撹乱や破損、保管者・所蔵者のもとでの紛失や廃棄等といった深刻な問題が生じている。ただし、編纂過程で収集された複写物等は、図書館・公民館・資料館等に引き継がれ保管・活用される例も多い。

(2)近年の機関連携の状況
 徳島県においては史料保存・利用関係機関の設置さえ十分とはいえないが、徳島市周辺を中心とする機関連携が進められてきてはいる。
 県立博物館・文書館や徳島城博物館、松茂町歴史民俗資料館では、若手専門職員が80年代末から90年代初頭にかけて採用され、ほぼ同一世代に属することから、交流はさかんである。とくに歴史専攻者の場合、徳島地方史研究会を研究活動の基盤の一つとしていることから、円滑な情報交換等がなされてきた。私的な関係ではあるが、公的な連携の核として重要である。
 機関としての連携は、専門職員間の交流がさかんな上記機関を中心になされている。詳細について述べる余裕はないが、レプリカ製作・マイクロ撮影の共同実施、史料調査における協力、講師派遣、資料貸借等が行われている。
 史料収集についての考え方を述べる。機関間で対象地域・時代が重複すれば、収集についても種々の問題が生じやすいといわれる。しかし、機関ごとの線引き・分業は基本的には困難であると考えている。現状では、収集・調査体制の相違から、無用な史料争奪は生じていない。また、収蔵管理体制が不十分な機関が多いため、徳島県関係史料の散逸および分断の防止のためには、適切に管理できる機関であれば、いずれかに収蔵されることで利用可能になると考えるのが生産的である。史料を受け入れる窓口は可能な限り広くし、機関間の情報交換がなされておれば円滑な史料活用が図れるのである。
 その他、県立博物館・文書館等文化の森総合公園内にある施設に限定されるが、徳島県文化・学習情報システム(略称COMET、現在第2期システムが稼働中)において、図書・資料目録等のデータベースを公開している。図書のみ第1期システム稼働当初から、文化の森の全施設について一括検索が可能である。また、現行システム構築の際、博物館人文系と文書館の資料データベースの横断検索の実現も課題ではあったが、フォーマットの違い等から断念せざるを得なかった。現在検討中の第3期システムでは、インターネットをベースとする方向なので、データベース仕様が一致しなくても横断検索は実現できることになろう(goo等の検索ホームページや文化庁文化財情報共通索引システムを参照)。あわせて、文化の森外の施設の情報との接合も容易になろうから、広範な目録の共有化が期待できる。
 1996年に発足した徳島県博物館協議会(加入機関42。県立文書館も加入している)が連携の基盤になることも望まれるが、現状では方向性も定まっておらず、これに依拠した連携は薄弱である。
 徳島県における機関間連携の状況は以上のとおりで、課題は多い。史料保存の確実な推進のためには、きめ細かい史料情報の収集、専門職員不在機関および機関未設置自治体に対する支援の強化が必要である。県立文書館が毎年開催している資料保存研修会等は、史料保存の意義に対する認識を広くに喚起していく上で重要な取り組みである。

(3)広域的連携への模索の開始
 四国地区での連携への取り組みについても述べておく。徳島県同様、四国各県でも近年博物館や文書館の設立が進んできたが、県境を越えた専門職員の交流や職務上の諸問題に関する研究・討議の機会は皆無に等しかった。この状況を多少なりとも変えていくことを意図し、1996年以来、四国地区歴史系学芸員・アーキビスト交流集会が開催されている。地域単位の博物館協議会にありがちな形式性を排した、自主的な結集の場として運営されている。「学芸員・アーキビスト」としたのは、博物館と文書館の共通性を意識し、両者の協力関係が重要と考えたからであった。第1回交流会以後、県境を越えた情報交換等が広がるとともに、県内レベルでの交流のなかった県でも活発な交流が見られるようになり、一定の成果はあがっている。しかしながら、確たる方向性は見通せておらず、実質を伴う連携に至るには、時間が必要である。

おわりに−ネットワーク化の発展のために
 史料保存ネットワークの発展のための課題などを述べて終わりにしたい。
 まず、広範な文化財保存のための歴史資料観の共有が必要である。先に広義の歴史資料とした観点からの、史料群(文書・民具等を含む一括伝来史料)の分割・散逸の回避が求められる。その上で、博物館・文書館等の連携による機能的な収蔵が要請されよう。
 「連携」という語はこれまでにも何度となく記したが、可能な範囲での試行が必要である。最低限求められるのは、人的な交流である。目録など収蔵史料情報の交換も近隣レベルでなら進めやすいだろう。近年は台帳をコンピュータ管理する例が増加しているようだが、そうしたデジタル化されたデータであれば、共同利用も容易になろう。
 連携は既存施設間だけに止まってはならない。関係機関の未整備地域での史料保存体制整備、地域における史料保存への理解推進への取り組みが求められるのである。
 地域を覆う史料保存ネットワークへの道のりは始まったばかりである。各地での取り組みと議論が進むことを期待したい。

 

 

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