7 徳島の自然とくらし

 

 今,私たちを取りまく環境はどんどん変わっている.本来の自然の姿を人間が作りかえ,人工的な環境のなかで生活することが多い.また,自然のしくみに目を向けることなく,経済的な合理性だけをめざした開発も多い.そのしっペがえしが,地球規模の環境問題として生じてきている.
 幸いにも,徳島の山,川,海は比較的きれいなままで残されている.そして,その自然のしくみの深い理解から生まれた,さまざまな文化が残されている.私たちは,この足元の自然と文化を見つめ直すことから,自然と人間が調和して生きていく方法を見つけなければならない.

 ・山地の自然とくらし
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吉野川の自然とくらし
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海辺の自然とくらし
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徳島県の天然記念物

 

山地の自然とくらし

 徳島県は山が多い.暖帯から温帯,亜寒帯までの変化にとんだ自然環境があり,また,その自然をうまく利用してきた人の暮しがある.そのため,森のようすや,そこにすむ生物の種類も多様である.
 家や田畑の近くの山には,マツや広葉樹の二次林がある.植林地が広い面積を占めるのも,徳島県の特徴である.人があまり利用できなかった標高の高いところには,ブナやモミ,ツガ,シラベなどの森がわずかに残っており,めずらしい生物に会うことができる.

 

山地の生物

 コナラ・クヌギの二次林には,いろいろな植物があり,カブトムシやヒラタクワガタなど,なじみぶかい動物が多くすんでいる.スギやヒノキの人工林には,動物はあまりいない.餌(えさ)になる植物が少ないからである.
 いっぽう,ブナ林には,生き物たちの神秘的な世界がある.ミドリシジミたちが,はねをきらきら輝かせて飛ぶ.落ち葉の間からヤマネが顔をのぞかせることもある.

 

剣山の生物

 剣山は標高1955m,西日本第2の高峰(こうほう)である.トゲアザミ,ツルギハナウドなど,四国の高山にしかない生物もみられる.
 頂上付近は気候が冷涼(れいりょう)になるので,北方系の生物も多い.標高1700m以上にはシコクシラベの森があるが,これはシラベの分布のはぼ南限である.ハコネサンショウウオもまた,そのような生物である.これらは,氷河時代の生き残りといわれている.

 

木地師

 木地師(きじし)とは,ロクロなどを用いて椀(わん)や盆(ぼん)などの木器をつくった職人をいう.彼らは,木器に適したいろいろな木を求めて,各地の山を移動し,小屋掛(が)けをして生活していた.
 徳島県でも,江戸時代,剣山周辺で木地師が活躍し,半田漆器(はんだしっき)の成立に影響をあたえた.しかし,明治時代以後,山での自由な活動が制限され,生活の場である山に植林が進むにつれて,木地師も姿を消していった.

 

剣山のブナ林(ジオラマ)

 徳島県では,標高1000m以上に,ブナ林に代表されるような落葉広葉樹林が残っている.この森は,土壌(どじょう)中にたえず水をたくわえ,そして,たくさんの生物をはぐくんでいる.
 展示室のジオラマのような沢ぞいでは,イシヅチウスバアザミやレイジンソウの花が楽しめる.今では少なくなったツキノワグマやニホンカモシカに出会ったり,野生のワサビをみかけるのは,こういった場所である.

 

吉野川の自然とくらし

 四国三郎ともよばれ,徳島県を東西に流れる吉野川は,高知県瓶ヶ森(かめがもり)を源(みなもと)とする全長194kmの河川である.その流域は支流も含めると,県の北半分の広い地域におよんでいる.そして,上流域の渓谷(けいこく),中流域の広い河原,河口域の干潟(ひがた)と,さまざまに姿を変える.
 そこにすむ水中や陸上の生物は多様で,それぞれの環境に応じた生活をいとなんでいる.そこはまた,私たちにとって漁業や農業などをつうじて多くの恵みをもたらす,かけがえのない生活の場でもある.

 

平地の生物

 吉野川の中流域から河口域にかけて,徳島平野が広がっている.ここは,古くから米や藍(あい)などがつくられた農業地帯であり,人口の多いところでもある.そのため人の手の加わった景観がほとんどで,自然林はほとんど残っていない.でも,生物はけっして少なくはない.ちょっと注意してみれば,人家や田んぼの周辺にも,さまざまな動物や植物がいることに気づくはずである.

 

吉野川の生物

 川の中にはいろいろな生物がすんでいる.ウグイのように上流域から河口域まで広く分布するものや,アマゴのように上流域だけにすむものもいる.また,コイのように一生を淡水域ですごすものもいれば,ウナギのように,成長にともない川と海を行き来するものや,カゲロウ・トビケラのように,幼虫のときだけ水中で生活するものもいる.河原にはまた,特有の動植物も生活している.

 

吉野川の漁労

 吉野川流域の人びとは,川とかかわりながら生活してきた.なかでも,豊富な魚貝類は人びとの生活を支えてきた.
 吉野川流域ではさまざまな漁法がみられた.トモガケやシャクリによるアユ漁,筌(うけ)(モジ)によるウナギ漁,ジョレンによるシジミ漁,投網(とあみ)や建網(たてあみ)による漁などがあった.これらの漁法は,いずれも川の特徴や魚の習性に合わせてくふうしたものである.

 

干潟の生物

 吉野川の河口域には,潮が引くと泥や砂の干潟(ひがた)があらわれる.このような場所は淡水と海水がまじりあい,潮の満ち引きの影響で,環境の変化がはげしい場所である.
 そこは生物の宝庫であり,純淡水域や外海に面した砂浜や磯(いそ)とも違った生物がすんでいる.トビハゼのように泥の上をはい回る魚や,カニ類のように穴を掘ってすむ生物,これらを餌(えさ)とするシギ・チドリなどの鳥類が多い.

 

海辺の自然とくらし

 徳島県は,北から瀬戸内海の播磨灘(はりまなだ),紀伊水道北部および紀伊水道南部の3つの海域に接しており,その海岸線は長く,変化に富んでいる.
 それぞれの海域では,海岸や海底の地形,水深の違いのほか,黒潮や河川水の流入の影響で水温や塩分,栄養塩などが異なっている.それらの多様な環境の違いに応じて多彩な生物がすんでいる.私たちは海とそこでとれる魚介類や海藻などの生物に,漁業などをつうじて深くかかわってきた.

 

県南の海底(ジオラマ)

 黒潮の影響が強い県南部の沿岸には,さまざまな暖海性の生物がすんでいる.なかでも,宍喰町(ししくいちょう)竹ヶ島や牟岐町(むぎちょう)大島の水深10mほどの浅い海には,キクメイシ類やミドリイシ類などの造礁性サンゴの群落がみられる.このような場所には,チョウチョウウオ類やスズメダイ類などのきれいな魚も多い.太陽の光があまり当たらない,潮通しのよい崖には,ウミトサカ類やイソバナなどがみられる.

 

あま

 阿部(あぶ)・伊座利(いざり)・伊島(いしま)などの県南海岸部には,あま集落が点在する.ここでは,男の「海士(あま)」や女の「海女(あま)」が海にもぐり,アワビやサザエ,海藻などを採集している.
 あま漁業は,『日本書紀(にほんしょき)』にみられるように,大昔から伝わる原始漁業である.同時に,採集できる時期や時間,採集物の大きさなどを規制して,漁民みずから海の資源を管理する漁業でもある.

 

海の生物

 海には,私たちにあまりなじみのない風変りな生きものもたくさんすんでいる.植物のような格好をした動物がいるかと思えば,幾何学形をした小さな生きものもいる.
 私たちがよく目にするのは,食卓にのぼる魚や貝,エビ・カニのなかま,海藻などである.これらは海の生物のほんの一部でしかない.それでも意外とたくさんの種類が身近な海にすんでいる.

 

徳島県の天然記念物

 自然は,長い年月のあいだにゆっくりと形づくられてきたものであり,いったん破壊されると,なかなかもとに戻らない.その自然が,現在,開発などの人間活動によって,急速に失われつつあり,そこにすむ動植物の種類や数は減っている.
 こうしたなかで,学術的に貴重な動植物,地質・鉱物を保護し,後世(こうせい)に伝えるために,それらを天然記念物に指定し,むやみな採集や開発を禁止している.

●オオウナギ
 オオウナギは,ウナギのただ大きくなったものではなく,別の種である.体にまだら状の斑紋(はんもん)があること,全長が2m以上になることでウナギと区別できる.
 熱帯・亜熱帯域に広く分布する.わが国では千葉県房総半島以南の,暖流の影響が強い地域の河川や池から報告がある.穴の中にすみ,魚類やエビ類などを食べる.ウナギと同様に,海で生まれやがてシラスウナギとなり川へのばる.
 母川のオオウナギ生息地(国指定):海部郡海部町高園(たかぞの) 母川セリ割岩付近

●オヤニラミ
 スズキ科の純淡水魚で,えらぶたの後端に眼のような斑紋(はんもん)があるのが特徴.
 山陽地方を中心に分布するほか,朝鮮半島南部にも分布している.徳島県では中山川(那賀川支流),桑野川,福井川,椿川から報告がある.中流域の水のきれいな,流れのゆるやかな場所に,なわばりをつくって生息している.産卵期は春で,ヨシなどの植物の茎に産みつけられた卵をオスが保護する.
 桑野川のオヤニラミ(県指定):阿南市新野町(あらたのちょう)新野西小学校裏付近

●タヌキノショクダイ
 ヒナノシャクジョウ科の腐生(ふせい)植物.その名のとおり,ロウソクをともす燭台(しょくだい)に似た奇妙な形をしている.夏に,湿った落葉に埋もれて,白みをおびた花を咲かせる.この科の植物は一度見つかったきりでニ度と発見されないことが多いが,沢谷(さわだに)の自生地では毎年発生がみられる.しかし,その数はしだいに減っている.
 これに近いなかまはブラジルにしかないといわれてきたが,最近になって霧島(きりしま)で近縁種がみつかった.
 沢谷のタヌキノショクダイ発生地(国指定):那賀郡木沢村沢谷亀井谷

●ヤッコソウ
 ヤッコソウ科の寄生(きせい)植物.シイノキ属の植物の根に寄生する.秋に奴(やっこ)に似た乳白色の花をつけるのでこの名がついた.花ははじめ,雄(お)しべの筒をかぶっているが,やがて抜け落ち,雌(め)しべが顔を出す.花からあまい蜜(みつ)がたくさん出ていて,小動物や虫によって花粉が媒介される.徳島県が自生の北限である.
 鈴ヶ峰のヤッコソウ発生地(国指定):海部郡宍喰町久保 円通寺所有山林
 ヤッコソウ自生北限地(県指定):海部郡海部町奥浦 明現山明現神社境内

●シラタマモ
 シャジクモ科の一種.仮根(かこん)に直径1〜2@の白い球状の無性芽(むせいが)をつけるので,シラタマモと名づけられた.
 現生のシャジクモ類の多くは淡水生であるが,この種は汽水中に生育し,生育できる塩分濃度の幅も広い.これまでに世界の5カ所でしかみつかっていない.植物の進化を考える上でも,重要な種とされている.
 出羽島大池のシラタマモの自生地(国指定):海部郡牟岐町出羽島

 

 

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