植物標本庫:Herbarium

植物標本庫(ハーバリウム:herbarium)って何?

博物館にはさまざまな実物資料(一次資料:標本)や写真や文献などの二次資料が集まってきます.「博物館行き」という言葉が,倉庫に眠ってしまい日の目を見ない悪いという意味に使われる場合もありますが,実際には展示などを通して多くの人の目に触れる機会は少ないものの大切に保管され,必要な時に活用されています.特に植物では,標本は色が失われており見た目があまりきれいでありませんので,標本そのものを展示にはあまり使用していませんが,収蔵されている植物標本数が1万点を越えている博物館は少なくありません.その,大量の標本を収蔵する倉庫が収蔵庫と呼ばれ,特に植物の標本のための収蔵庫が植物標本庫と呼ばれています.

寄贈された植物標本



植物標本庫と倉庫とはどう違うの?

倉庫と一口に言っても,家の物置のようなものから金庫扉のようながっちりしたものまであります.これは中に入れる物の価値や性質によっても変わってきます.植物標本庫は「長期間保存するための仕組み」と「取り出しやすくするための仕組み」について植物標本に特化した倉庫と言えます.一般的な倉庫の仕組みである「防犯のための仕組み」ももちろん持っていますが,「長期間保存するための仕組み」である温湿度をできるだけ変化させないようになっています.たとえば当館では,空調を入れて温湿度を一定に調整するだけではなく,壁や床に木材を使用し急激な温湿度の変化が起きにくくなっていますし,入り口は2重扉になっていて,出入りの際の急激な温湿度の変化を防いでいます.他にも窓はなく,太陽の光,特に資料の劣化を促進する紫外線は入らないようになっています.植物標本を保管する場合一番気をつけなければならないのが虫に標本を食べられてしまい,標本としての価値がなくなることです.著者が学生の頃,卒業研究で作成した標本をナフタリンとともにビニール袋に入れて封をして保管していたことがありますが,数年で虫に食われて一番大切な花の部分が失われてしまったことがあります.標本庫では,そこに納める標本はかならず殺虫(燻蒸と呼ぶ)し,標本庫全体も定期的に燻蒸するようにしています.そのために燻蒸のガスが外に漏れないようになっています.

あってはならないのは火災による焼失ですが,標本庫内でタバコをすうことはもちろん厳禁ですが,パソコンや蛍光灯などでどうしても作業中は電気を使う必要があります.漏電による火災を防ぐために標本庫内の電源は,外側からオン/オフできるようになっており,収蔵庫に入る際にのみ電源を入れるようになっています.万が一火災が発生しても水で消化すると標本が使い物にならなくなりますので,ガスでの消火装置が付けられています.しかしながら,ガスを使った消火は人が窒息する可能性がありますので,人がいた場合は消火の前に退避勧告のサイレンが鳴るようになっています.

入り口

大型のものでも運び込めるよう大きな扉になっている.耐火性や気密性も考慮された構造になっている.外側の扉の内側にさらに扉があり,二重扉となっていて,出入りの際には一方だけを開くことにより温湿度が変化しないようになっている.

内部の様子

当館では植物標本庫として独立してはおらず,生物の乾燥標本を納めた生物収蔵庫に植物標本が納められている.2階は貝や昆虫などの動物標本,1階が植物と脊椎動物標本.



「取り出しやすくするための仕組み」としては,次のようなものが挙げられます.植物の押し葉標本(さくよう標本)は台紙という一定の大きさの紙に貼られています.基本的には1個体の植物が1点の標本となりますが,それがたくさん集まると一種類の植物の,採集日や採集場所が違った標本が複数できます.それがばらばらに入っていると,たとえばカワラヨモギの標本が見たいといっても取り出すことができません.そこで,植物標本のサイズに合わせて作られた棚に,種類ごとに並べて納められており,科の分類順,学名のアルファベット順に並べられています.カワラヨモギであれば,キク科で学名「Artemisia capillaris」となりますので,まずキク科の棚を探し,次に学名の頭がAになっていますので,キク科のなかでもはじめの方に配架されています.こうすることによって,似た仲間が近い場所に置かれますので,比較することが簡単にできます.

また,整理された標本はデータベース化されていますので,場所や採集者,採集日などで検索し取り出すことも可能です.そのために,標本庫には備え付けのパソコンとネットワーク回線があり,いつでもデータベースにアクセスし検索できるようになっています.

この他にも,標本庫内ではいろいろな作業を行いますので,たとえば,標本を配架するためにあらかじめ並べ変えておくための棚や,標本を撮影するカメラ,顕微鏡などがあります.


国内や国外ではどんな植物標本庫があるの?

植物標本庫のリストはIndex Herbariorumと呼ばれニューヨーク植物園で管理されています.ここに登録されていないものもたくさんありますが,県立博物館では秋田,千葉,兵庫,和歌山などが登録されています.登録されると,Herbarium Codeという略号が与えられ,世界で一つしかない略号を正式に使うことができます.ちなみに徳島県立博物館は英語名のTokushima prefectural museumからTKPMで登録しています.館の略号に標本番号を付ければ,どの標本を指しているか特定できます(例:TKPM BSP 0000012).植物以外にはこうした標本庫の略号を世界的には管理しておらず,GBIF(地球規模生物多様性条約機構)のような世界レベルでの作業になると同じ略号を持った組織が出てきて,困ることがあります.当館では,独自に標本データベースを公開するだけではなく,国立科学博物館の行っているサイエンスミュージアムネットを通じて,国内の自然史博物館の標本の横断検索やGBIFのデータベースで当館の植物標本の情報を公開しています.

標本庫に並べられた植物標本専用の棚

中には種ごとにカバーでまとめられた標本が整然と並べられている.




徳島県立博物館植物標本庫(TKPM)のご案内

徳島県立博物館 小川 誠・茨木 靖 

徳島県立博物館
徳島県立博物館は動物,植物,地学,考古,民俗,歴史,美術工芸の分野を扱っている総合博物館で,前身の徳島県博物館が1990年に文化の森に移転したものです.植物分野は小川と茨木の2名の学芸員と標本整理補助スタッフ2名の構成となっています.

植物標本庫
標本庫はTKPMのコードを付けてIndex Herbariorum へ登録されています.維管束植物の標本が主で,約12万件の標本が整理され,データベースに登録されています.絶滅危惧種を除いた県内産標本はインターネットで公開されています(http://www.muse.comet.go.jp/DB_herb/search.htm).他にはコケ,地衣,藻類などの標本が若干あります.

収集とコレクション
標本の収集については,館員による採集,一般からの寄贈に加え,東北大学や福島大学,オレゴン州立大学など国内や国外の機関と交換標本を行っています.
主なコレクションは阿部・赤澤コレクションです.阿部コレクションは阿部近一氏が書かれた徳島県植物誌のベースとなった標本で,赤澤コレクションは赤澤時之氏の徳島県や高知県,戦前の中国東北部などの標本です.両コレクションで南四国をほぼカバーしており,現在整理中ですが閲覧は可能です.

標本庫および標本データの活用
最近の経済的状況により,どこの標本庫でもその運営の予算は減る一方かと思います.分類学的研究に必要だとは言うもののなかなか理解されませんので,さらにその意義を訴え,理解を深める必要があります.そのため当標本庫においては下記のような活動を行っています.
1.勉強会の開催
県内の植物研究家などが集まって「みどりくらぶ」を月1度開催し,標本を分類群順に検討しています.県産新記録の発見や分類学的な課題を抽出することができています.
2.レッドデータブックの作成
徳島県版レッドデータブックの作成にあたり,標本のデータを活用しました.
3.自然環境(植物相)調査のサポート
公共工事等で植物相の調査を行われていますが,その結果については疑わしいという例は少なくありません.当館では調査担当者と打ち合わせをし,調査方法や調査結果に検討を加え調査精度を上げるようにしています.昨年は県内最大級のアゼオトギリ群落の発見につながりました(http://www.museum.comet.go.jp/mnews/No57.pdf).調査の際に作成された標本は標本庫におさめるようにしています.



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