タコノアシ

Penthorum chinense

ユキノシタ科


 川 やため池などの流れのゆるやかな泥湿地(でいしっち)に生える植物で、環境庁のRDB では絶滅危惧II 類(絶滅の危険が増大している種)に指定されています。河川改修や農地改良、ため池の埋め立てなどで生育環境が奪われ激減しており、このままだと300年後には絶滅するとのことです。
 徳島県内では山川町・板野町・石井町・市場町・徳島市に記録がありますが、現在では、宍喰(ししくい)町と鳴門市で生育がみられるだけです。徳島市内ではかつて吉野川周辺やため池などに生育していたものの、最近は確認されていませんでした。ところが、徳島県版RDB の調査員である田渕武樹氏が、園瀬川近くの徳島市八万町の水路横で発見し、筆者が追加調査したところ、園瀬川横の用水路でも生育を確認しました。

(博物館ニュースNo.45:2001年12月発行)

園瀬川の絶滅危惧種へ


 

Culture Club (博物館ニュースNo.49:2002年12月発行)より

絶滅から植物を救うために

小川 誠 

 環境省は2000 年に、徳島県は2001 年にと相次いでレッドデータブック(RDB )を出版しました。私はその両方の作成に関わりましたが、出版後も工事の際にそこに生えていた植物が絶滅してしまうケースに何度か直面し、悔しい思いをしています。そこで、どのようにすれば絶滅から植物を救うことができるのかということについて話します。

■絶滅から救われたタコノアシ

 タコノアシについては、2001 年12 月に発行された博物館ニュースの45 号に「園瀬川で発見されたタコノアシとフジバカマ」として記事にしました。絶滅危惧種の産地を発表することは、採集などにより絶滅の危険が高くるので普通は行いません。しかし、このケースでは、道路建設や河川改修などの工事で生育地が壊される恐れがありましたので、あえて、ニュースや新聞で公表しました。幸いなことに工事担当者からの問い合わせがありました。詳しく話をうかがったところ、タコノアシの生育地が河川改修により影響を受けることがわかりました。何度か協議を重ねて、できるだけタコノアシの生育地に影響がないような工事手法を取るようお願いしたところ、工事担当者の努力のかいがあって、注意深く工事が進められました。
 ところが、このタコノアシの生育地を最初に見つけた田渕武樹氏から、タコノアシが埋まっていると連絡がありました。

埋まった自生地

図1 土に埋まったタコノアシ生育地(2002 年4 月9 日)

確認したところ、タコノアシの生育地は2カ所見つかっていたのですが、かなり離れていて今回の工事の影響がないと思っていた2 カ所目の生育地が、じつは接近していて、堤防の拡張のための土砂に覆われてしまっていたのです。そこで、再度工事担当者に連絡を取り、対策を協議しました。

図2 土砂が取り除かれた生育地(2002 年4 月23 日)

ここのタコノアシはもしもの時に移植できるようにと博物館に持ち帰って栽培していました。今回は埋まってからの時間が短かったこと、時期が4 月で埋まった種子があればそれから芽が出る可能性があるので、とりあえず土砂を取り除いて以前の状態に戻し様子を見て、必要であれば苗を移植しようということになりました。
 工事担当者や実際に工事をしてくださっている方々のおかげで、土砂が取り除かれ、土の中から冬越しをした地下茎も出てきました。しらばく経つと、その地下茎や土の中に落ちていた種子から芽が出て、20個体近くのタコノアシが見られるようになり、8 月には開花し、やがて結実もしました。環境がこのまま保たれればタコノアシはここで生きていくことができます。

 

図3 芽生えたタコノアシ(2002 年5 月14 日)

図4 開花したタコノアシ(2002 年8 月5 日)

図5 復元した生育地に定着したカニ

 このタコノアシの生育地を元に戻す際に、工事関係者のはからいで、土砂をとめる擁壁(ようへき)に石組みを使用しました。すると隠れ家ができ、たくさんのカニたちが定着しました。我々が絶滅危惧種を守る際に注意することは、花壇に植えられた花ようにその植物が生育していた場所と違った環境に植え、その植物を守るのではないということです。タコノアシが生育していた周りの環境を守ることによって、タコノアシを含めてそこに生きるいろいろな生き物たちを守ることを目指しているのです。この場所にはカニ以外にもいろいろな生き物が定着し,徳島県が推進しているビオトープ(さまざまな野生生物がくらす場)となっていくことでしょう。
 このようにタコノアシの生育地は守られました。うれしいことに、以前は見られなかった園瀬川の岸辺にも、種子で広がったタコノアシが確認されました。種子の供給源が確保されたことによりタコノアシはさらに下流にも広がっていく可能性があります。

■植物を絶滅から守るために必要なこと

 最近、工事関係者と話す機会がよくあります。レッドデータブックが出版されたせいか、彼らの絶滅危惧種に対する感心は高まっていて、工事区内に絶滅危惧種が存在することを伝えると、それを守る対策を積極的にとるようになりました。しかし、植物の研究者や地元の植物について詳しい者はどこで工事が行われているのか、また、どこに開発などの計画が持ち上がっているのか把握しているわけではありません。工事が行われることを知った時点では、予算がすでに決まっていたり、生育地が壊されていたりして救うことができないといったことがしばしばあります。植物の関係者と工事関係者が連絡を取り合いネットワークを組むことにより、こうしたことが減るのではないでしょうか。
 工事関係者に工事の際には植物相に関する調査をお願いするのですが、面積の関係で環境アセスメントにはかからない工事も多くあります。関係者はそうしたものに予算をとるのは厳しいと言っています。そうした狭い範囲での工事でも,事前調査を行う仕組みを作る必要があります。また、植物相の調査が行われても、絶滅危惧種が見落とされているというケースが目立ちます。建物の工事では、要所要所で検査が行われ、一定の水準が保たれます。しかし、植物相の調査ではそうした検査がありませんので、形式さえ整っていれば、本来リストアップされなければならない絶滅危惧種が落ちていても、調査を行ったことになります。実例をあげると、徳島空港に関して行われた環境アセスメントの調査では環境省のRDB で絶滅危惧IB 類とされているワタヨモギがリストから落ちていました(追記参照)。徳島市が行った環境基本計画策定のための基礎調査では徳島県版RDB で絶滅危惧I類とされるビロードテンツキが、調査区内に生育しているにもかかわらずリストアップされていません。調査を行ったならその精度を検証する必要があります。
 レッドデータブックは作られました。守るべき生き物のリストはできましたが、具体的にそれを守る方法についての施策や規則は示されていません。幸いなことにタコノアシのケースでは、植物関係者と工事関係者の連絡がうまくいったために、絶滅から救われました。このようなネットワークが作られ、法規が整うことによって、一つでも絶滅から植物が守られる事を願います。(植物担当)

 

追記

徳島空港の環境アセスメントでワタヨモギがリストから落ちていた件に関してアセスの担当者と話をしました.彼によると,ワタヨモギが生育していたのは埋め立てによる直接的な影響がある場所ではないので,調査精度が落ちていたとのことです.ワタヨモギについては追加調査を行ってもらいましたが,絶滅危惧種が他にも落ちてる可能性については調査を行われていません.環境アセスメントの調査においてそうしたスタンスで良いのかは議論する必要があります.(2003.6.30記)

 


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