植物の保護,生育環境の保全のための調査に関するページ

生物の多様性を守るための徳島県の活動としては下記のものがあります.私(小川)はこれらに関わっており,調査の相談を受けたりすることがあります.その場合,どのように調査を行ったら良いか書いたものが下の文章で,簡略版と詳細版の2つがあります.

  • 県民環境部:希少野生動植物保全対策検討委員会
    ビオトープアドバイザ制度(徳島県県民環境部環境局環境首都課自然共生室いきものふれあい担当)
  • 農林水産部:徳島県田園環境検討委員会
  • 県土整備部:徳島県公共事業環境配慮指針 環境配慮アドバイザ制度(徳島県県土整備部建設管理課)

簡略版

環境配慮のための調査について

公共工事における環境配慮のための調査は,多岐にわたっているので,ここでは植物相調査について記述する.植生,昆虫や魚類などの動物相については別途適切な専門家の指導を受けること

植物相調査の内容

1.調査範囲内の栽培植物を除くすべての維管束植物の目録を作成する
2.絶滅危惧種等(以下,要配慮種)が見つかった場合は,個体数や分布を調べる
3.要配慮種について,また保全すべき植物相についての具体的な配慮方法について提案する

植物相調査の範囲

1.工事により改変される地域
  侵入道路や工事車両の駐車場,土捨て場,汚水の流出などの工事に伴う改変地区も忘れずに
2.工事後の運用による影響範囲
  たとえば,河川であれば砂州の堆積状況,トンネル工事の場合は情報の水分条件変化等影響がある場合はそこも調査範囲に含める

植物相調査の時期

最低でも春,夏,秋の3回行う
ただし,場所によって微妙に調査時期を設定する必要があるので調査計画を立てる前に専門家に相談すること

注意点

●誤認.見落としをなくすこと
特に,絶滅危惧種等の要配慮種について,誤認や見落としがあったために抽出できなかった場合は,請負者の費用で再調査することを仕様書に明記

●調査の際には,栽培植物をのぞいた全種について標本を作製し,それに基づきリストを作成すること

●事前に綿密な情報収集(聞き取りや文献調査)を行うこと

●同定が困難なものについては,適切な専門家に依頼すること

●調査全般について植物相の専門家の指導をあおぐこと

●その他「植物相調査のためのチェックリスト」参照のこと

----------簡略版ここまで----------


------------詳細版ここから---------

環境調査における植物相調査について


なぜ,綿密な調査が必要か?

1.改変地区内になんらかの保全が必要な対象(たとえば絶滅危惧種)の有無を調べる.
2.その対象を保全する必要があるか,評価する.
3.保全の必要な対象があれば,保全対策を施す.

保全対象が無いとされたにもかかわらず,保全対象が有ったらどうなるのか?
 →最悪,工事が停止する.

できるだけ早い時期に保全対象を見つけるのが必要.
 →たとえば,最悪移植するにしても,移植の適期がある


全種類数(A)
絶滅危惧種類数(B)
絶滅危惧の割合(B/A)
香川県
1726
401
23.2%
徳島県
3166
814
25.7%
全国(環境省)
7000
1877
27.0%

だいたい1/4程度の植物が絶滅の危機に瀕している.特に水田,溜池,用水路に絶滅危惧種が多い


どうすれば綿密な調査が可能か?

1.調査計画をきちんと立てる
  調査時期,調査内容,情報収集

2.調査時
  誤認をなくす・・・標本をきちんと採る
  見落としをなくす・・・ポイントポイントで立ち止まってしっかり調査

3.調査内容の検証
  調査内容がおかしかったら,修正できる体勢を


環境調査における植物リストの作成について

1.植物リスト作成の目的

正確な自然環境の把握・・・植物リストの作成
  ↓
保全のための目標設定・・・絶滅危惧種,未記録種,地域的な貴重種など(以下貴重種と明記)の抽出
  ↓
設計,保全策などの実施

正確な自然環境の把握のためには貴重種かどうかにかかわらず,正確な植物リストを作成する必要がある.
保全の考え方としては,対象種(貴重種等)のみではなく「対象種の生育環境を保全する」ということ

2.調査のやりかた

・現地調査での記録は信頼性に欠けるので,貴重種にかかわらず標本を必ず作成し,同定できる人に標本の同定を依頼しリストを作る.ただし貴重種に関しては,採集による絶滅がおこらないように配慮.
・花が咲いていないなどの理由で同定できなかった種については.リストから落とさずに「Artemisia sp. 」のように同定できるところまで記録する.
・自生でない種については栽培種,栽培逸脱などを明記する.
・標本を台紙に貼る必要はなく,新聞にはさみラベルをつけた状態でOK.

3.調査報告書の書き方

調査者,同定者を明記する
正確な調査範囲を図示する
栽培・帰化の明記

4.よくある問題点について

誤認をなくす・・・・・・・・標本を専門家に見てもらう
見落としをなくす・・・・・・複数の調査者によるクロスチェックの必要性
調査範囲の設定ミス・・・・・事前によく専門家と打ち合わせすること
入札仕様書にもりこむ項目・・すべての種について標本を作成


植物相調査のためのチェックリスト

■調査計画について

  • 全体の調査計画について植物相の専門家に相談したか
  • 年間の調査計画について植物相の専門家に相談したか
  • 相談する際には1/10000より詳しい地図を用いて,改変される行為や調査の範囲の正確な図示を行ったか
  • 取り付け道路や土捨て場など一時的な工事を含めて,改変される行為についてきちんと説明したか

■現地調査計画について

  • 現地調査前に計画について植物相の専門家に相談したか
  • 前回の調査の課題を調査にもりこんだか

■調査時

  • 植物相の専門家に指導を仰いだか,あるいは事前に仰いだ注意点を守れたか
  • 標本を採集し,それを元にリストを作成したか
  • 同定については信頼できる専門家に指導を仰いだか
  • 未同定のものも含めてリスト化したか



植物標本の提出についてのお願い

調査が終わったら,植物標本については博物館小川に提出してください.ついては下記のようにお願いいたします.

1.標本は新聞ではさんだ状態で可.保存するかどうかの取捨選択については博物館に一任.
2.標本1点につき,ラベルを1点添付すること(同じ標本の場合はコピーで可)

標本ラベルの例

平成15年度忌部地区調査標本

リュウノウギク(キク科)
Dendranthema japonicum (Makino) Kitam.
                同定者 山本 宏 Dec. 23,2003

採集地 徳島県麻植郡川島町桑村,山神社北側.
    標高200-300m.日当たりの良いクヌギ林内を横切る道路.
採集者 小川 誠
採集日 2003年11月21日
備 考 舌状花弁は白い.

  • ラベルのフォーマットは特に問わない.
  • 記入すべき事項:調査の名称,和名,学名,同定者(同定日),採集地(できるだけくわしく),標高,周りの環境(日当たりの善し悪し,湿り気,生えている植物など),採集者,採集日,備考(標本にしたら失われる花の色や匂いなどの植物の特徴).
  • 記入するのが望ましい事項:GPSで計測した経緯度,個人の採集番号,産地がわかりにくい場合は,場所を示した地図を添付

■植物相調査における植物標本の性格

  • 植物標本に基づいた正確なリスト作成をするためのもの.よほど特徴の有るもの,採集できないもの以外は,葉1枚だけ,茎の上部だけの標本はありえない.
  • 今後の調査の基礎資料となるもの.生育場所が特定できなければならない.**地区のような大まかな地名のみの記載ではだめ
  • 第3者が見るもの.市町村名の記載が無いもの,採集日の年がないものはだめ.
  • 長期保存されるべきもの.標本庫に収蔵するために規格化されたサイズで作る.
  • 良い標本とは:情報量をたくさん得ることができるもの.生育地に関する情報,形態に関する情報など.

※標本を採らない(採れない)場合とは

1.採集者の命に関わる場合
流れの速い水中,近づけない崖や木の上など採集しようとすると危険を伴う場合
2.採集により絶滅を助長する場合
絶滅危惧種とわかっている場合で個体数が少ない場合は写真や植物体の一部だけに留める.

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ポイント

1.標本採集の重要性

多くの環境調査で見られる,見落としや誤認を避けるために標本の採集し,それに基づきリストを作成することをお願いしている.多くの調査で見られる「同定が困難な場合は標本を採集し室内で同定する」というのではきちんとした調査はできない.なぜなら同定が困難な場合というのは採集者が気がつかない場合が多い.たとえば下記のようなやりとりがある.

小川:調査リストに載っているアオキの標本を見せてください
調査者:普通種ですので採集していません
小川:徳島県にはアオキとナンゴクアオキが分布している.後者はRDBには掲載されていないが徳島県では分布が限られており,希少種にあたるが,どちらであるか判別したのか.したとすればその根拠は?
調査者:.....

要するに同定が困難かそうでないかは決められないわけなので,1期に1度しか調査ができない場合はすべての標本を採っておく必要がある.

 また,標本を作成するということは現地での滞在時間が長くなるので,周りにも目を配ることができる.見落としているものを見つけるのは,案外こうした他の標本を採っている時である.

 標本を作製するのは手間がかかるとよく言われるが,乾燥方法を工夫すれば手間がかからないし,調査の標本であれば,ラベルはほとんどが同じなのでパソコンを使えば簡単に作成できる.その際得られたデータをリストに活用すれば一石二鳥である.

2.専門家との相談の重要性

植物の調査時期というのはとても重要で,半月時期が変われば確認できない種も少なくない.調査計画の立案や調査結果の精査には専門家との相談をよく行い,精度をあげていく必要がある.私のところでは調査結果のリストがあれば,植物相調査チェックシステムを使って,表層的なエラー(現地にいかないでわかるエラー)をチェックすることができる.

このページに関するお問い合わせは作成者:小川 誠(徳島県立博物館)

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