火打ち石-忘れ去られた徳島県の名産品-【情報ボックス】
考古・保存科学担当 魚島純一
火打(ひう)ち石(燧石とも書く)をご存知でしょうか?「知ってる!」「見たことがある」という人もいることでしょう。では、使ったことはあるでしょうか?ほとんどの人は使ったことなどないことでしょう。早付木(はやつけぎ)と呼ばれ火打ち石にとってかわったマッチですら、すでに使わなくなってしまったり、見かけることが少なくなってしまった現在、その先代の火打ち石のことなど普段の生活の中で気にする人などいるはずもありません。火打ち石はすっかり過去のモノとなって忘れ去られてしまいました。
博物館の普及行事の中でも特に人気の高い「火おこし」の中で、火おこしの歴史を知ってもらうために少しだけ「火打ち石」にもふれています。火打ち石について調べていると、徳島県と火打ち石の意外な関係がわかり、行事の参加者に伝えると、みなさんとても興味深そうに聞き入ってくださるので、ここではその意外な事実についてお話しします。
その前にまず、火打ち石の使い方ですが、石と石をぶつけ合うと火花が出ると誤解(ごかい)している人がたいへん多くいます。石の種類(黄鉄鉱(おうてっこう))を選べばそれも可能ですが、基本的には石と鉄をたたき合います。正確には石で鉄を削り取るという表現が適切です。
次に石はどんな石でもよく、火花が出ないのはたたき方が弱いからと思っている人がありますが、これも間違いです。火打ち石には適した石があり、そんなに強くたたかなくても簡単に火花が出ます。ではどんな石が火打ち石に適しているのでしょう。それは、石英(せきえい)、水晶(すいしょう)、メノウ、黒曜石(こくようせき)、チャー卜、サヌ力イ卜などの硬(かた)い珪酸質(けいさんしつ)の石です。サヌ力イトはお隣(となり)の香川県などてか産出する石として有名ですが、実は徳島県はチャー卜が多く産出する地域なのです。
文献によると、江戸時代の享保(きょほう)年間(1716~1736年)以降、現在の阿南市大田井町(おおたいちょう)などを中心として火打ち石の採掘(さいくつ)が盛んに行われ、京、大坂などの西国では「大田井の力ドイシ」と呼ばれたいへん評判(ひょうばん)がよかったとされています。火打ち石の採掘や出荷を監視(かんし)するための役人まで置かれていたと言いますから、当時どれほど大切な産物であったかが容易に想像(そうぞう)できます。火打ち石の採掘はマッチの出現以降も続き、明治の中ごろまで行われていたようです。実際、今でも大田井周辺を歩くと当時採掘され出荷されたあとのクズ石と考えられるチャートがたくさん落ちています。これらのクズ石でも、たたくとりっぱに火花が出て、火打ち石として使うことができます。
石をたたくための火打ち金(火打ち鎌)や火打ち石は、今でも神仏具店で買うことができますが、火打金はわざわざ買わなくても古くなって使えなくなったヤスリなどの鋼(はがね)で代用することができます。肝心(かんじん)の火打ち石となるチャー卜も、青緑色のきれいな石を目印に探せば那賀川(なかがわ)流域では簡単に拾(ひろ)うことができます。河川敷(かせんじき)でも拾えますが丸くなってしまった石は火打ち石には向きませんので、たたき割って角を使うといいでしょう。チャー卜をたたき割るときや火打ち石をたたくときは、割れた石が飛んで、危ないのでサングラスやゴーグルを使って目を保護(ほご)するようにしましょう。
図1 阿南市大田井周辺で拾うことができる火打ち石のクズ石(チャート)。鮮やかな青緑色のものが多い。
焚(た)き火が恋しいこれからの季節、その昔徳島の名産品とされたチャー卜の火打ち石で火をおこして、落ち葉の焚き火で焼きいもを焼いてみたりするのもいいかも知れませんね。くれぐれもこどもだけで火遊び、をするようなことのないように、また火の取り扱いには十分注意してください。と言っても、火打ち石で火がおこせるようになるには、実はかなリの熟練(じゅくれん)が必要なのですが、そのお話しはまたの機会にゆずることにします。
(考古・保存科学担当:魚島純)