博物館ニューストップページ博物館ニュース084(2011年9月25日発行)穴吹駅から三島の古墳(084号歴史散歩)

穴吹駅から三島の古墳【歴史散歩】

考古担当 高島芳弘

博物館では普及行事のひとつとして、年に2~3 回、古墳見学を行っています。昨年、美馬市穴吹町(みましあなぶきちょう)をひとつのコースとして採用し、非常に評判が良かったので、この地域の古墳を簡単に紹介します。

JR徳島線の穴吹駅の南、穴吹高校のすぐ裏の山を登ると、戎(えびす)、尾山(おやま)の2古墳があります。山道を西へとしばらく進むと三島の町並みに下りていきます。ここでは、三谷(みたに)古墳や三島(みしま)小学校の裏山の三島古墳群を見学できます。

どの古墳も直径10 m前後の円墳で、棺(ひつぎ)を納める玄室(げんしつ)と通路である羨道(せんどう)からなる横穴式石室を持つ、6世紀後半の後期古墳です。戎古墳、尾山古墳は南に開口しており、三谷古墳と三島古墳群(1号墳、2号墳、3号墳)は北に開口しています。三島1号墳(図1)は前方後円墳と考えられていましたが、2001 年の調査により2基の円墳と考えられるようになりました。

図1 三島1号墳の玄室

図1 三島1号墳の玄室

吉野川中流域の後期古墳の横穴式石室は、天井がドーム状で中央部が高くなり、側壁(そくへき)は中央部でふくらむか、奥に行くほど広くなっています。これらの横穴式石室は、美馬市・つるぎ町を中心に分布する段(だん)の塚穴(つかあな)型石室と、吉野川市山川町を中心に分布する忌部山(いんべやま)型石室に大きく分けられます。二つの石室の大きな違いは、段の塚穴型石室では奥壁と側壁とが、角(かど)を持ちほぼ直角に交わり、天井部の高まりが急であるのに対して、忌部山型石室では奥壁と側壁とが、角にならず丸く収まっており、天井部も緩やかに上がっていることです(図2)。

図2 石室模式図(左:段の塚穴型石室の断面図(上)と平面図(下)、右:忌部山型石室の断面図(上)と平面図(下)

図2 石室模式図(左:段の塚穴型石室の断面図(上)と平面図(下)、右:忌部山型石室の断面図(上)と平面図(下)

穴吹町の古墳の横穴式石室は段の塚穴型石室に分類されています。このタイプの石室の中では古いと考えられている美馬市美馬町の大国魂(おおくにだま)古墳と同様に、玄室の幅が奥行よりも長く、横長の場合もあります。また、床面付近は奥壁と側壁とがしっかりと角を持っていますが、天井に近づくほど丸みを帯びており、段の塚穴型石室と忌部山型石室の両方の特徴をあわせ持っています。

穴吹駅から三島小学校までは4km足らず、ゆっくり歩いて1 時間あまり、山道からの吉野川の眺めは最高です(図3)。三島の町並みも趣(おもむき)があり、時間のたつのも忘れてしまうほどです。町並みの途中、少し脇道にそれると、サハリン探検や教育分野で活躍した岡本韋庵(おかもといあん)の自宅跡や石碑(せきひ)等も見学できます。三島古墳群で折り返して穴吹駅まで帰ってきてまだ時間があるようなら、穴吹橋を渡って脇町(わきまち)に入り、拝原(はいばら)古墳群なども見学に加えれば、充実した古墳見学の1日となることでしょう。

図3 尾山古墳付近から吉野川北岸を望む

図3 尾山古墳付近から吉野川北岸を望む

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