船霊様

 船霊様(ふなだまさま)とは、船に宿るとされる守護神としての性格をもつ神霊である。漁師や船乗りらによる航海安全や大漁祈願の対象となる。船霊様は、ほぼ全国で信仰されるものであるが、徳島県では、主にフナダマサン(サマ)などと呼ぶ。この船霊様の御神体となるのが、男女一対の人形で、これも全国各地で見られる形態である。近世の廻船の隆盛により、各地に広まったものとされる。
 船霊様は、新造船の船おろしの際、船大工によって船に納められ、船主によって祀られる。ブリッジのない小型の木造船だと、舳先(へさき)の船梁(ふなばり)部分に四方形の穴を彫り込み、そこに御神体を納めて蓋をする。操舵室のある動力船の場合、操舵室内に神棚を設けてそこに船霊様を納めるのである。
 船霊様の御神体として、男女一対の人形を納めるのが一般的である。ただし、金刀比羅宮などの神社から配られた木札や紙札、将棋の駒形状のものを納めたりすることもある。
 御神体のほか、いっしょに賽子(さいころ)、1文銭や中央に穴のある5銭玉、5円玉などの硬貨12枚(閏年は13枚)、女性の髪の毛、五穀(米・麦・小豆など)、日の丸の扇子を納める。また、白粉(おしろい)や口紅を船霊といっしょに納めることがある。船霊が女神だとされることから、こうした化粧品もいっしょに納められるのである。かつて、女性の乗船を禁忌とする地域が多かった。このことも、女神である船霊が、女性の乗船に嫉妬するからということを理由とする伝承が一般的である。ただし、実際に御神体とされる人形の姿は男女一対の人形であり、女神であるという伝承とは必ずしも姿が一致するものではない。
 では、船霊様の具体例について見ておきたい。写真1は美波町日和佐浦の漁船のブリッジ内で祀られる船霊様である。操舵室内に取り付けられた神棚には、男女一対の紙人形と木でつくられた賽子が納められている。賽子は、木片の中央を切り分けて二つ分の賽子の目をつけたもので、つながったままのものを納める。賽の目の置き方も決まっている。「天一、地六、表(おもて)三(見)合わせ、艫(とも)四合わせ(幸せ)、櫓櫂(ろかい)五と五と、中に二(荷)どっさり」という語呂合わせによる言い回しがある。この言い回しのとおり、賽子の目の「1」が上、「6」が下、正面が「3」、後方が「4」、両方の外側が「5」、内側が「2」になるように置くとされる。また、手前には餅が供えられている。正月や節供など漁休みには、船霊様に御神酒、洗米、餅、塩などを供える。正月には船に松飾りや注連飾りをし、大漁旗を立てて船霊様を祀る。
 写真2は、船霊様として納めるためにつくられた阿南市伊島の男女一対の紙人形である。かつて、木造船を新造した漁師らの依頼により、船大工が新造船に納めていたものと同じものである。伊島では、船霊とともにカラムシの繊維と真綿、日の丸の扇子二本、小銭(一文銭など)を納めていた。
 船霊信仰においても、神性をもった人形が登場する。船霊様の御神体となるのは男女一対の紙人形であり、船おろしと同時に神性を保持するものとなるのである。

 
写真1 美波町日和佐浦の漁船の操舵室に納められる船霊様,2007年4月撮影
 
写真2 阿南市伊島の船霊様(男女一対の紙人形)(檜垣道子氏製作,徳島県立博物館蔵)