近藤直也著『阿波岐神考』

 「岐(ふなと)神(がみ)」と書くと何か取っ付きにくい。しかし、「オフナトサン」「オフナタサン」というと、聞き覚えのある方も多いだろう。屋敷や路傍に祀(まつ)られる小(しょう)祠(し)のことである。徳島県内に二千祠近くあるとされるものの、これに付随する伝承や祭(さい)祀(し)はあまり注目されてこなかった。そればかりか、その伝承すら忘れ去られた例も多い。
 「道祖神」呼称の全国分布図では、徳島県および香川県東部にのみ「フナト」という呼称が存在する。「フナト」を「道祖神」と同種のものとするかどうかは検討を要する。「フナト」だけに関して言えば、徳島県は極めて特異な分布を示す地域であることは明らかである。この分布の特徴が著者近藤直也氏(美馬市出身、九州工業大大学院教授)の岐神信仰研究の端緒になった。
 ところで、オフナトサンとは、どういう神なのか。緻密なフィールドワークにもとづく伝承の全体調査と、執拗(しつよう)なまでの史料批判を意識した文献調査に基づいて、近藤氏は次のような特徴(三原理)を導き出す。
 その一つ目は子だくさん伝承である。オフナタサンには、十二人ないし十三人の子(神)がいる。参拝は沈黙裏に行わなければならない。音を立てるとオフナトサンのたくさんの子が起きて、供物を全部食べてしまうからだとされる。そうした点から派生した御利益に、子育て、子授け、足痛を直す、家の加護、道の神などがある。
 二つ目は年中行事が併存することである。岐神祭祀を目的として箸に綿を巻き付けて人形風に祀る「神綿着」(旧暦十一月十六日に)と、紙で帷子(かたびら)を付けて同じく人形風に祀る習俗(同一月十六日)が対になっている。
 三つ目は、オフナタサンの御神体は蛭(ひる)だとする伝承があり、供物の塩を忌避する伝承があることである。
 近藤氏は、こうした「岐神」の三原理の根源がイザナギ・イザナミの創世神話にも通ずるものであるという。また、徳島市一宮町の船(ふな)盡(と)比(ひ)咩(め)神社は全国の岐神総本宮だとする大胆な仮説を立てた。本書に掲載されるその論証過程や膨大な資料にも注目したい。

※『徳島新聞朝刊』「とくしま出版録」(2017年8月)の掲載記事を一部修正しています。