招かれざるものを祓う人形

 これまでの連載でも触れてきたが、神性をもつ何かを形のあるモノとして表そうとするとき、人形がつくられることがある。今回紹介するのは、邪悪なものをはらうための二種類の人形である。一つ目が、撫物(なでもの)としてのヒトガタであり、二つ目が、カニの甲羅を人面に見立てた魔除けである。
 一つ目のヒトガタは、夏越(なごし)の祓(はらえ)でつかわれる。夏越の祓は、旧暦の六月晦日に行われることから、水無月の祓とも呼ばれる。ちょうど一年の半分が過ぎた節目の時期に、それまで半年の罪や穢れ(けがれ)を祓うことを目的として行われる。ただ、かつて旧暦六月は疫病の流行った季節でもあり、この季節に行われる夏越の祓は、病や災厄を取り除こうとする行事になった。現在徳島県内でも、新暦の六月から七月にかけて行われる。
 夏越の祓で、病や災厄を取り除くために行われるのが、ヒトガタをつかった祓いであり、神社の神事として行われることが多い。ヒトガタにその人の名前や年齢を書き、これで体をなで、息を吹きかけることで罪や穢れ、または病や災厄をヒトガタに移すことができるとされる。このヒトガタを持ち帰ることなく神社などに納め、最後は流したり、焼いたりして罪や穢れなどとともに処分するのである。罪や穢れ、病や災厄など招かれざるものを引き受け、いわば身代わりとなってくれるのがこのヒトガタである。白い紙を切って人を象った造形物にすぎないが、撫物として特別な意味を付与される人形なのである。
このほか、夏越の祓には、茅の輪くぐりを行う地域が多い。茅や藁で巨大な輪をつくって立て、この輪の中を「8」の字に三回くぐることで病や災厄を取り除くことができるとされる。先に紹介したヒトガタと同様の目的で行われる祓いの一種である。
 二つ目は、戸口につけられるタカアシガニの甲羅で、魔除けとされるものである。こうした習俗は、海陽町の沿海地域を中心にかつては広く見られた。甲羅には、人面に似せた顔が墨で描かれることがある。徳島県立博物館企画展図録「人形★ひとがた―祈りから遊びまで―」に収録された海陽町鞆浦の写真には、顔が描かれたカニの甲羅の姿を確認できる。
 同町鞆浦などでは、このカニのことを別にヒガンガニとも呼ぶ。春の彼岸ごろ、定置網や底曳き網にかかるカニなのでこう呼ばれる。網にかかったカニを食べた後、墨で甲羅の外側に顔を描き、戸口に取り付けたのがこの魔除けである。一度取り付けると、その後は恒常的に付けて置かれるもので、招かれざるもの、邪悪なものの、家内への侵入を防いでくれるとされる。
こうした魔除けの効能は、もともとカニの甲羅に備わっていたものではなく、大きなカニの甲羅を巨大な人面に見立てて戸口に取り付けることで発生する。カニの甲羅の魔除けもまた、人に見立てた造形物が神性をもったものである。
 
写真1 徳島市八万町で夏越の祓でつかわれるヒトガタ,2013年6月撮影
 
写真2 戸口に取り付けられたカニの甲羅の魔除け,海陽町鞆浦,2013年6月撮影