踊り念仏

 徳島県で盆というと、8月中旬の新暦月遅れ盆を指すのが一般的である。この時期、各地でさまざまな踊りが踊られる。もっとも、旧暦の盆、地蔵盆(旧暦7月23・24日ころ)、八朔(はっさく、旧暦8月1日)に行われてきた行事が混在していて、日程変更を経て、現在の月遅れ盆のころに踊りが集中するようになっているのである。その8月の代表的な踊りとして、町場で踊られる「阿波踊り」を思い浮かべる人も多いだろう。だが、県内で踊られている盆の踊りは、ほかにもたくさんある。  盆踊りと総称されるこの時期の踊りは、先祖供養と鎮送(ちんそう)のために踊るとされる。県内各地にあるものでは「廻(まわ)り踊り」と「神踊り」が挙げられる。「廻り踊り」は、やぐらを中心として、先祖供養や新仏供養のために、踊り手がその周囲を回る。「神踊り」は、色鮮やかな花笠や採り物を身につけ、小歌を謡いながら踊るもので、盆を中心に踊られる。
 この「神踊り」の広範囲の分布は、徳島県の盆の踊りの特色の一つともいえる。このほか、県南地域に顕著にみられる「慰霊(いれ)踊り」「うちわ踊り」、県北部地域の「津田の盆(ぼに)踊り」「二上(にあ)がり音頭」などがある。
 その中で、念仏を唱えながら堂内で踊る「踊り念仏」がある。「端山の踊り念仏」として徳島県指定無形民俗文化財に指定される、つるぎ町貞光川見と木屋(こや)の踊り念仏である。新仏の供養を目的としているのが特色で、念仏を唱えながら堂の中で踊る踊りである。特に木屋の場合は、新仏がある年にのみ踊られる踊りである。
 川見の踊り念仏は、踊り手の男性のみが堂内に上がって輪になり、輪の中心にいる鉦(かね)打ちがたたく鉦に合わせ、横向きに両足で跳ぶようにしながら左向きに回る。踊りといってもこの動きを繰り返すだけのシンプルなものであるが、常に念仏を唱えつつ踊る。鉦打ちが「ナンマミドーヤ」と唱えると、輪になっている踊り手が「ナモーデ、ナモーデ」と続けて唱える。
 もう一方の木屋の踊り念仏は、少し踊りが違う。堂内に上がる踊り手は男性のみという点は同じだが、先達が輪の中央に立って鉦をたたき、太鼓は輪の中に入って踊りながら太鼓を打つ。踊りといってもシンプルで、一同が一斉に後ろ向きに歩き、「ナムアミドーヤ」「ドーヤ、ドーヤ」と念仏を唱えながら、左回りに堂内を回る。踊りの最後に「カネタイコドーヤ」と唱えて踊りが終わる。
 川見、木屋の二つの地区では踊り念仏の後、かつては廻り踊りを堂の外に出て踊っていたという。当時、宗教的、信仰的要素の強い踊り念仏と、芸能的、遊戯的要素の強い廻り踊りが、堂の内と外、参加者の男女構成などを明確に区分して踊られていたのである。こうした例は、さまざまな要素が織り込まれた現在の盆の踊りを見る際にも、重要な示唆を与えてくれる。


写真1 川見の踊り念仏,2007年8月14日撮影

 写真2 木屋の踊り念仏,2013年8月13日撮影。