流通した民具

※徳島県立博物館部門展示「流通した民具」の紹介記事です。

 日常生活の中で作られ、運ばれ、使われ、改良され、廃棄される道具全般を指して民具という。その民具のおもしろさは、同じ名前で呼ばれる民具でも、地域によって、家によって、使う人、つくった人によってちがうところだ。ある地域で使われる唐竿の柄はとくに長く、またある職人がつくった鍬には同じ刻印があるといった具合である。さらに、使い手により改良が加えられた民具も多い。つまり、それぞれの民具の来歴をたどってみると何一つとして同じモノはないし、そこに読み解くべき歴史的情報が詰まっている。
 今回の部門展示(人文)「流通した民具」では、民具に書かれた墨書、焼印など、民具にみる文字やマークに焦点をあて、職人の手によりつくられ、流通した民具について紹介している。当館でもさまざまな場面で民具を活用しているが、使い方に注目することが多かった。そこで少し目先を変え、「民具から読み取れる情報が地域における流通の歴史を探る材料になる」というメッセージをもたせた。
 1つ目のコーナー「農具を読む」では、千歯扱きや足踏み脱穀機、唐箕など文字が書かれ、ラベルが貼られた資料を選択した。たとえば、唐箕を並べて展示している。「文政二(1819年)卯□年四月吉日 大工 佐兵衛」の墨書の入った唐箕、「明治」の年号や「佐古町貳丁目」という製造場所についての墨書がある唐箕、「昭和七年九月吉日 大阪東成郡」でつくられた「京畿式」というブランド名の墨書がある唐箕、「島本式」の墨書がある昭和30年代のものである。このように並べてみると変化がわかりやすい。徐々に小型化し、各種調節機能が備わり、新しいものには懇切丁寧に使用方法が書かれたラベルが付けられている。「漏斗口の金具は自由に調節が出来ます即ち1番下のカギが(モミグリ)その上が(二番口のくり返し及ヌカトリ)1番上のカギが(米グリ及び麦の仕上)となっております」というような新機能を説明したラベルである。こうした些細なことまで注意深く見ることで、どこでつくられ、どこでどのように使われたものなのかといった情報も読み取ることができる。
 2つ目のコーナー「民具をつくる、売る」では、民具の流通の事例を紹介している。たとえば、農や漁の作業時に被るタカラバチと呼ばれる笠を展示している。農家の内職としてつくられ、各地で流通したものだ。同種の笠でも並べて比較すると、それぞれ大きさがちがうことがわかる。使う地域によって風の強さ、作業時の環境にあわせて必要とされる笠の大きさが異なっていたためである。文字やマークでなく、民具の形態にも情報が詰まっているのである。
 民具から「昔の人」の生活を感じ、その知恵を賞賛し、懐かしんでみることもできる。実際に手にとっての使用体験も、民具の活用法の一つである。でも、今回改めて強調しておきたいのは、民具を比較して情報を読み取る材料として収集し、保管しておくことの重要性である。ある種の原点回帰であり、博物館の役割としてはもはや常識ともいえることだが。どこにでも当たり前にあり、あるいはあったものだから希少価値はない。だからこそ、歴史を探る、より多くの材料が眼前にあるともいえる。眼前にある当たり前のものを、当たり前といって見過ごしてはならない。これが、今回の展示「流通した民具」の根底にある考え方である。


写真1 唐箕
 
写真2 たからばち(竹皮笠)