正月の三番叟まわし

 今でこそ人形の多くは装飾品であり、玩具であることが多い。しかし、古くからの人形もしくは「ひとがた」は、人びとの信仰にかかわるものであり、ある種の神性をおびたものであった。その中の一つが、門付(かどつ)け芸人のもつ三番叟(さんばそう)、えびすの木偶(でこ)である。この人形は、人形浄瑠璃の中で登場する配役のある木偶とは異なり、神として門付け芸人とともに各家を訪れ、門付けしてまわるのである。徳島県域の代表的な正月の祝福芸である。
 「阿波木偶箱廻し」調査・伝承推進実行委員会が発行した『徳島県における「三番叟まわし」「えびすまわし」調査報告書―地域社会から見た門付け芸能―』(2012年3月)により、徳島県における「三番叟まわし」、「えびすまわし」等門付けの全貌が、初めて明らかになった。これによると、昭和初期には徳島県のほぼ全域を「三番叟まわし」「えびすまわし」といった門付け芸人が門付けしていて、その時期は多くが正月前後の来訪であった。現在、活動を続ける芸人は多くはない。正月の三番叟まわしを迎える風景も、今では珍しいものとなった。
 門付け芸人は、木偶や鼓(つづみ)、紙札(かみふだ)、御幣(ごへい)などを入れた櫃(ひつ)2つを天秤棒に振り分け、家の玄関からなじみの家を訪れる。芸人と木偶の来訪を心待ちにしていた家人が迎え入れ、玄関先で一体ずつ木偶を取り出して三番叟まわしが始まる。鼓と人形遣(つか)いの歌に合わせて木偶が舞う。登場する木偶は合わせて四体、順に千歳(せんざい)、翁(おきな)、三番叟、そしてえびすである。三番叟などの木偶は神の遣いとして家々を訪れると考えられている。三番叟の舞の後半には、黒式尉(こくしきじょう)の面をつけて神の姿で舞う。三番叟までの舞が終わると、家人の表情がゆるみ、手拍子で節をとる人もいる。えびすの登場である。三番叟により祓い清め、えびすにより福をさずかる。
 えびすが舞い終わると、木偶は家人の頭や体をなで、健康祈り、福をさずける(写真1)。そして、門付け芸人は、紙札や御幣を家人にわたし、受け取った家々では、これを神棚に置くなどして、翌年の芸人の来訪まで保管する。そして、芸人に御祝儀をわたす。こうした門付けを受け入れる目的を、家々では「家内安全」「五穀豊穣」「年頭の清め・厄払い」と解釈してきた。
 門付けは、訪れた家にあわせた形をとる。芸人が宿泊させてもらう家では家祓(やばら)いを行う。特別な御幣を切り、神棚や床の間の家の神々を拝み、その前で木偶をまわすのである。また、依頼があれば、荒神、水神、藍神などを拝んだり(写真2)、同族神や地域の鎮守を拝んだりすることもある。寒い正月時期の門付けである。家によっては、温かいぜんざいや茶でもてなすところもある。年始の訪問である。小一時間ばかりの近況報告や人生相談の相手として、芸人を頼る家もある。
 「三番叟まわし」、「えびすまわし」の木偶は、門付け芸人とともに訪れ、祓い清め、福をさずけるだけでなく、場合によってはさまざまな要望に応えるのである。門付け芸人と、それを迎え入れた家々との、継続した関係によって築かれてきた文化である。その正月の祝福芸の人形は、祓い清め、福を授ける神の遣いであった。
 
写真1 えびすが家人の肩をなで、福をさずける(東みよし町),2012年1月
 
写真2 藍床での三番叟まわし(上板町),2012年1月