書評 神野勝栄著『つまえとかんせ―戦後少年漁師の生きざま―』

神野勝栄著『つまえとかんせ―戦後少年漁師の生きざま―』文芸社 2007年12月 B6判 467頁 定価1,700円(税別)

 今回紹介する本は、研究書や報告書ではなく小説である。しかし、徳島県伊島出身の著者が、自らの潜水士としての経験にもとづいて書いた小説である。書名となった「つまえとかんせ」とは、阿波弁で「しまっておきなさい」との意であろうか。サブタイトル「戦後少年漁師の生きざま」は、本書の内容をよりダイレクトに表している。著者が若い頃、潜水士として潜水器漁船に乗り込んでの出漁を経験し、出稼ぎ漁として出漁した際の出漁地での出会いがあった。その半生を本書の主人公一弥に託し、生き生きとリアルに描いている。潜水士ならではの視点と経験、知識にもとづいた小説であるためである。さらに、生産技術の伝承と伝播の理論化を研究テーマとする評者にとっては、テクストとして読みこむことができる本であり、今回取りあげることにした。
 本書に紹介される著者の履歴を紹介しよう。「1932年3月生まれ。最終軍隊の勧誘志願で入隊前終戦。終戦後は潜水業となり、砲弾拾いや港湾土木工事、港湾土木会社に入社。国内の埋立てや橋梁架設工事に従事。海外の港湾工事や輸入のガス油田桟橋設備の建設会社設立。阪神大震災の救助活動や請負工事、海外工事のアドバイスなどを行い、現在に至る。高野山真言宗の僧侶。」潜水技術を用いて、潜水工事業へと転業していった漁師の履歴そのものである。敗戦から高度経済成長期、そして現在を生きた潜水漁師が、時代の必然の中で歩んでいった履歴でもある。
 著者の出身地は、近代日本において多くの潜水士を輩出しきた徳島県阿南市伊島である。明治以降、素潜り潜水漁を行っていた土地で、潜水器が導入された。はじめは地先での潜水漁を行っていたが、やがて実入りの多く潜水器が導入されていない地域への出稼ぎ漁をはじめるようになる。明治、大正、昭和のはじめと日帝植民地下の朝鮮半島へと出稼ぎ漁、移住をしていった歴史がある。敗戦後にも瀬戸内海での出稼ぎ漁が続き、苦労の多い潜水器漁業から、次第に比較的安定した潜水業へと移行していった。そうした苦労の多い潜水器漁業時代が、著者の青春時代でもあった。
 「旅から旅へ、あちらの海、こちらの海と命がけで働いてきた一弥の七年あまりだったが、母の教育のお陰で」周囲とうまくやりながら生きることができた。その死にものぐるいの青春時代を、「いつか田舎に帰ったときには、自分がどんなに死ぬ思いで働いてきたのか、何も言わずに心の中に『つまえとこう』」との思いが、本書のタイトルにもなったのであろう。
 それでは、本書の構成を紹介しよう。構成はそのまま主人公一弥の潜水器漁業や潜水業での出稼ぎ先でもある。

 一章 瀬戸貝採りで潜水夫見習い―大三島・瀬戸村
 二章 戦争の影を背負った生い立ち―瀬戸内海
 三章 若い衆宿での男女の楽しみ
 四章 縁結び役と、独り立ちへの試練
 五章 故郷、孤島への船旅−播磨灘を超えて
 六章 帰宅後すぐ、再び出稼ぎ
 七章 河口岸での石炭拾い―大阪
 八章 高野山での僧侶修行
 九章 海底の砲弾引き揚げ作業―日本海、京都府舞鶴湾
 十章 同業者の参入、規律無視で廃業
 十一章 沈没船の引き揚げ作業―山口県萩市須佐町
 十二章 思いがけぬ大人への誘い
 十三章 女の過去と、揺れる思い
 十四章 出来心の情事と、女ごころ
 十五章 またもや神戸沖の砲弾引き揚げ―神戸
 十六章 高砂沖、播磨沖での海底作業
 十七章 張り石据え付け土木工事―淡路島・富島
 十八章 請負業となり橋梁工事に携わる―和歌山県下津港、下里大橋
 十九章 水中切断と防水工事で、座礁船を救助―和歌山県勝浦港
 二十章 深海の砲弾拾いで、冥土の入り口へ

 同郷伊島の親方に雇われ、はじめて潜水士としての訓練をつんだのが愛媛県大三島を母港とした瀬戸貝(イガイ)漁である。当時の潜水器船には多数の船上作業員が乗り込んでいた。海底まで潜り漁をする潜水士1人が乗り込むほか、操船する船頭、潜水士の体につけた綱をもち水中と連絡をとる綱持ち、そして、水中に空気を送る送気ポンプを押すポンプ押しが少なくとも4人ほど乗り込んでいた。このポンプ押しは見習いの若者があてがわれることが多い。その中には、伊島から一緒にきた若者、出稼ぎ地で雇用されている若者が混じって仕事をしている。その仕事の合間に潜水士の親方が許せば潜水の練習をするのである。やがて、何度も練習を繰り返す内に、潜水の技術、潜水漁の技術を習得するのである。これは同郷伊島の親方から、伊島出身のポンプ押しの著者への技術継承の場面である。そしてその場所が、出稼ぎ地である愛媛県大三島近海であり、同郷の潜水士から技術を習得する。その背景には、こんなエピソードがある。

戦前の幼少時代には、女中さんがもいて、朝鮮の青年に肩車されお守りされた記憶がほんのすこしある境遇だったのだが、戦時中ずっと、父親は出征兵士であり、戦後は負傷して復員し、療養生活で収入の道もなく、一家は寂れた生活が続いていた。唯一、幼い一弥が爺さんと伊勢海老網でささやかな収入を得る以外は、一弥にとって、今度の瀬戸貝採りが初めてちゃんとした収入のある仕事になったのである。それも親方が、同郷のよしみから連れてきてもらえるのだ(111頁)。

文章の端々にちりばめられた具体的な親族関係と、潜水士の技術を覚えようとする動機がリアルに描かれている。
 若い潜水士は、出稼ぎ地でも潜水器船の仕事をこなすだけではない。朝早く夕方近くまで出漁する潜水器船に乗りながらも、地元の若者たちとのふれあいも叙情豊かに描かれる。同じ潜水器船に乗っていた先輩と地元の女性との仲の橋渡しをしたシーン、はじめての若者の集会に参加したときの緊張感と新世界との出会いが、詳細にそしてより具体的に書かれ小説ならではの強みがある。
 また、主人公は違法操業でもあった海底の砲弾や爆弾の引き揚げは経験した。敗戦後、残された弾薬や砲弾を、軍が海中に投棄したものである。弾薬の引き揚げは貝採りよりも作業が楽で身入りがいい。海底で砲弾を探すときにも「白い花」が咲くという。海中に投棄された砲弾に海藻が付着し、そう見えるのである。「白い花」を目指して引き揚げをするのも潜水士の技術であり、自然に対する経験知である。それを周囲の潜水士は見て学び、試して確信する。新しい潜水作業の現場にいけば、こうしたことが繰り返された。
 このような事例は本書のいたるところにちりばめられている。数々の生業に特化した知識と技術の詳細、潜水士のおかれた社会関係、親族関係、そして生々しい情事にいたるまで生きた民俗誌として読み取ることができる。これほどの多くの情報をちりばめた民俗誌もないだろう。改めて、著者神野勝栄氏に敬意を表するとともに、漁村社会研究においても十分に資料となりうるライフヒストリーでもあることを高く評価したい。