「森林」のはたらき【CultureClub】

植物担当 鎌田磨人

森林は徳島県の面積の76%を被っていて、私達にとっては、ごくありふれた景観を形成する要素となっています。そしてありふれた景観であるがために、森林の持つ意味について深く考える機会も少ないのではないかと思います。ここでは、身近な森林のいくつかを紹介しながら、その森林が持つはたらき(機能)について考えてみたいと思います。

ウバメガシ林

南阿波サンライン沿いには、ウバメガシが優占する森林が続いています(図1)。このウバメガシ林は部分的に、「魚付き林」として伐採などされないように保全されています。「魚付き林」とは、海の魚を集めたり、その繁殖や保護を計る目的で設けられた海岸林のことをいいます。もし、海岸斜面に森林がなければ、雨が降ると、地表面の土は洗い流され、海に流れ込んでしまいます(図2)。その結果、海はにごって、透明度が落ち、海藻などの光合成を阻害し、海中での生産力を落すことになります。また、森林からは植物の葉や枝などの有機物も海に供給され、それは、養分となります。したがって、ウバメガシ林は、漁を営む人にとってはとても大切なものとなっていますし、また、環境保全上も重要な役割を果たしています。これは森林の「公益的機能」とよばれています。

(図1 南阿波サンライン沿いに広がるウパメガシ林。1991年2月17日撮影。

図1 南阿波サンライン沿いに広がるウパメガシ林。1991年2月17日撮影。

 

図2 海岸の森林伐採後、降雨によって流れ出た土砂 (海の白くなっている部分)。 奄美大島焼内湾で1991年3月22日撮影。

図2 海岸の森林伐採後、降雨によって流れ出た土砂 (海の白くなっている部分)。 奄美大島焼内湾で1991年3月22日撮影。


ウバメガシは備長炭の原木となります。備長炭の主な産地は紀伊地方ですが、1973年頃までは、南阿波サンラインの付近でも(当時は南阿波サンラインもありませんでしたが)、備長炭を焼いていたそうです。地元の人によると、その製法は、和歌山の人が伝えたもので、50年ぐらいの歴史だったそうです。焼いた炭は和歌山に出荷したと言います。炭を焼くための伐採の周期は13年だったと言います。ウバメガシは切株から再び芽を出して(萌芽といいます) 、それが成長することによって森林を再生します。ウバメガシは、その萌芽力が特に強い種で、そういった自然の回復力に依存しながら、炭を焼くのに利用してきたのです。

アカマツ林、コナラ・クヌギ林

徳島から池田町へ向かう吉野川沿いの山地のほとんどはアカマツ林です。また、徳島市内の眉山にはコナラやクヌギを主体とする雑木林(ナラ林)があります。
アカマツ林は、いろいろな目的で利用されてきました。例えば、以前に私が調べた広島県の農村では、アカマツは40~60年周期で切り出され、建築材にされました。アカマツ林の内部に生育するコナラなどの広葉樹は約20年周期で伐採され、炭の材料とされました。低木類はおよそ5年周期で、日常の燃料として切り出されました。さらに、林内のススキは、厩肥を作る材料や家畜の飼料として刈り取られました。このように、アカマツ林は、人々の生活と有機的に結び付き、多目的に利用されてきたのです。また、こうした利用によって、アカマツ林は維持されてきたのです。
日本では1960年代以降の急速な経済成長と共に、アカマツ林は利用されなくなりました。現在、ほとんどのアカマツ林内には、ナラ類やカシ類などの広葉樹が多く生育しています。したがって、例えば、アカマツが松枯れによって取り除かれると、その森林はコナラ・クヌギ林のような雑木林に移行します(図3)。眉山などのコナラ・クヌギ林などは、松枯れ後に成立した森林です。

図3 アカマツ林およびナラ林の利用と森林の動態。白の矢印が人の利用による森林の変化、黒の矢印が放置したときの森林の変化を示す。(Kamadaet al. 1991を改変)

図3 アカマツ林およびナラ林の利用と森林の動態。白の矢印が人の利用による森林の変化、黒の矢印が放置したときの森林の変化を示す。(Kamadaet al. 1991を改変)


これら、人の手が加わることによってできた森林は、「二次林」とよばれています。二次林は生活に直接結び付いていた身近な森林であっただけでなく、カブトムシやヒラタクワガタのように、私達にとって最もなじみ深い昆虫が住んでいる場所でもあります。また、二次林は土中に水を蓄えることによって、洪水を防止してくれています。そして、私達の原風景としての「自然」でもあり、生活に潤いを与えてくれています。
二次林は放置するとその姿を変えてしまうので(図3)、今後、それを維持するためには適切な利用や管理を行うことが必要です。

ブナ林

剣山の周辺で見られるように、徳島県の標高1000m以上の山地には、ブナ林が成立します。ブナ林は温帯を代表する落葉広葉樹林で日本では東北地方に広く分布しています。
徳島県のブナ林は、前述した二次林とは異なり、人の手がほとんど加わっていない森林で、「極相林」とよばれます。極相状態の森林が成立するまでには、非常に長い年月が必要です。全国的に見ても、こうした極相林の残存面積は極めて小さく、徳島県に残っているブナ林も貴重な森林です。
ブナ林などの広葉樹林は、保水力が高く、雨水を長く地中に蓄えておくことができます。そして、少しずつその水を河川に供給します。このように、ブナ林は天然のダムとしての機能があります。私達がいつも水を飲んでいられるのも、こうした森林のはたらきのおかげです。これは、森林の「水源かん養機能」といいます。また、これは「洪水防止機能」にもなっています。さらに、雨水を土中に吸収してくれることにより、土壌表面を水が流れることが少なくなるので、侵食の防止、崖崩れの防止などにも役だっています。ブナ林に付随するこうした公益的機能はみおとすべきではありません。
もちろん、ブナ林には多くの生物が生活しています。ブナそのものに依存している昆虫や、成熟したブナ林、つまり大きな木があるブナ林にしかいない昆虫もいます。また、ニホンカモシカやツキノワグマが生息地としているのもブナ林帯です。
ごく限られた小面積しか残っていない極相林では、森林の若返りを助けるような人為的な管埋も必要になる場合があるかもしれませんが、できるだけ人の手を加えない状態で置いておくことが極相林の最も望ましい管理方法なのでしょう。

おわりに

以上、徳島県でみられる森林のいくつかを例にとりながら、森林のもつはたらき(機能) について紹介しました。一口に森林と言っても、その成立の過程には違いがあり、また、地域によってその機能も少しずつ異なっています。そうした違いを考えながら、森林の保全・利用の方法なども考えてゆかなくてはなりません。木材としての経済価値は少なくても、森林の持つ公益的機能には計りしれないものがあります。今、経済的な価値がなく利用されていない森林だからといって、安易な開発を行うことだけは避けたいものです。

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