博物館ニューストップページ博物館ニュース012(1993年10月9日発行)アンモナイトにみられる二型(012号CultureClub)

アンモナイトにみられる二型【CultureClub】

地学担当 両角芳郎

どんな生物の種にも変異(へんい)があり、同一種内のどの個体をとっても、細部にわたるまで全く同じというものはひとつもありません。このような変異の中には、年齢差によるもの、生息環境の違いによるもの、遺伝によるものなど、さまざまな変異が含まれています。変異の多くは、ある形質が一定の範囲内で連続的に変わるのが普通ですが、中には形質が不連続に変わる多型(たけい)(polymorphism)または二型(にけい)(dimorphism)という現象がみられます。雄と雌の形態的差異、右巻きと左巻きなどがその例です。

ここでは、アンモナイトにみられる二型について紹介します。

右巻きと左巻き

巻貝のように円錐形に巻いた殻(から)をもつアンモナイトには、右巻きと左巻きの二型があります。巻き方の識別は簡単で、化石がよほどの断片でない限り判定できます。
私が調べている和泉層群(いずみそうぐん)のディディモセラス類の場合、淡路島の種(Didymoceras awajiense)では左右ほぼ半々の割合でしたが、阿讃山地東部から産出するある種では、右巻きはひじように少なく、ほとんどが左巻きでした(図1)。

図1:阿讃山地の異常巻きアンモナイト(Didymoceras ? sp.)の左巻き(左)と右巻き(右)

図1:阿讃山地の異常巻きアンモナイト(Didymoceras ? sp.)の左巻き(左)と右巻き(右)


よく知られているように、巻貝ではキセルガイやマイマイ類のいくつかを除くとほとんどが右巻きです。また、有孔虫のなかまには、同一種の中に右巻きと左巻きが混在し、水温によって両者の現れる比率が変わるものがあります。
アンモナイトの右巻き・左巻きの割合が種によって一定なのか変わるのか、変わるとすればどういう条件で変わるのか、といったことについてはまだ調べられていません。

性的ニ型

ヨーロッパのジュラ紀アンモナイトでは、「殻のサイズが異なるものの、他の特徴はよく似た化石が同じ地層に共存していることがある」、ということが古く(1800年代)から注目されてきました。一般的に、小型のタイプは殻口縁(かくこうえん)の側面にラペットとよばれる舌状(ぜつじょう)突起があり、大型のタイプはラペットがなく、小型のものの1.5~ 2倍の直径があります(図2)。この小型と大型が同一種の雄と雌に当たるのではないかと推測する研究者もありましたが、決定的な証拠がなく、反対論もあってこの議論は立ち切れとなっていました。

図2:イギリスのジュラ紀アンモナイト (Kosmoceras層〉にみられる性的二型(左: 巨大殻、右:微小殻〉。それぞれ別の種として記載されたが、その後の研究で性的二型と解釈されるようになった(Callomon,1963〕。

図2:イギリスのジュラ紀アンモナイト (Kosmoceras層〉にみられる性的二型(左: 巨大殻、右:微小殻〉。それぞれ別の種として記載されたが、その後の研究で性的二型と解釈されるようになった(Callomon,1963〕。

 

1960年代の後半に入って、再びこの多型に関する研究が盛んになります。地層のいろいろな層準におけるそれぞれの種(型) の産出頻度(ひんど)、殻の形態の相対成長パターン、いろいろな形質の時間的変化などが詳しく調べられました。その結果、一定の期間にわたってペアになって産出する大小二型(“巨大殻”macroconchおよび、“微小殻”microconchとよばれるもの)が存在すること、巨大殻は微小殻より2巻きほど多く巻いていること、両者は内側の巻きの殻形態では区別できないが、成体の住房(じゅうぼう)がつくられる段階になって違いが現れることなどが明らかにされました。これらの現象は、両者の違いが雄と雌の性差によると解釈すれば都合がよく、アンモナイトにも性的二型が存在することが強く支持されるようになりました。

巨大殻と微小殻のどの型がどちらの性に当たるかは、現生の頭足類(とうそくるい)の知識が参考になります。現生頭足類はすべて雌雄異体で、雌雄で大きさに著しい差があるものでは、雄の方が小型であるのが一般的です。また、ドイツのジュラ紀アンモナイトでは、巨大殻の住房の中に残された卵嚢(らんのう)の化石もみつかりました。そうしたことから、巨大殻は雌の成体殻に、微小殻は雄の成体殻に当たると考えられています。
“異常巻き”とよばれる変わった巻き型をしたアンモナイトでも、同様な大型と小型の二型が知られています(図3 )。

 

図3:ドイツの白亜紀異常巻きアンモナイト(Hyphantoceras reussianum)の巨大殻と微小殻(Kaplan and Schmid,1988)

図3:ドイツの白亜紀異常巻きアンモナイト(Hyphantoceras reussianum)の巨大殻と微小殻(Kaplan and Schmid,1988)

性的二型は、ジュラ紀アンモナイトにおいて顕著で、ヨーロッパで多くの例が認められています。白亜紀アンモナイトでは雌雄の差が小さくなる傾向にあるようですが、二型があることには違いがありません。日本でも、北海道の白亜紀アンモナイトで、ラペットをもった化石や、同一種の巨大殻と微小殻に当たると考えられる化石が数多く知られるようになってきています。

過渡的ニ型

化石を調べていると、「同じ場所で、ある種Aから別の種Bが派生し、しばらく共存して、やがてAは滅んでBだけが生き残った」と解釈できるような例によく出会います。これは、「ある種の集団内で、はじめはA型だけで占められていたが、対立遺伝子の置き換えにより別の不連続の形質をもつB型が生まれ、次第にB型の相対頻度が増して、A型と入れ替わった」と理解することができます。このような同一種内のAB二型を過渡的二型とよんでいます。
北海道の白亜系から産出するゴードリセラスのなかまで、それまで別々の種として扱われてきたものが、この過渡的二型に当たると報告された例があります(Hirano,1978)。
化石を調べる場合、軟体部や色模様は残りにくいので、化石として残された殻の大きさや形、表面装飾や内部構造などから種や型を識別しなければなりません。しかも、多型について詳しく検討するとなると、長時間にわたって連続性がよく、保存のよい化石をたくさん含む地層が不可欠となります。多型という現象は実際の進化の上では普通のことですが、数少ない不完全な化石から実証するのはかなりむずかしいことです。
私はこの十数年、和泉山脈や淡路島南部、阿讃山地の和泉層群のアンモナイトを調べていますが、これまでのところ、右巻き・左巻き以外の二型の例には出会っていません。もしかすれば、出会ってもそれと気づかずに見過ごしてきたのかもしれません。しかし、頭足類はすべて雌雄異体だとすれば、雌雄の差の大小こそあれ性的二型は存在するはずで、今後そうした目で調べていく必要もあると思っています。

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