博物館ニューストップページ博物館ニュース131(2023年6月15日発行)海部川河口の伏流水中から見つかった正体不明のミミズハゼの仲間(131号 CultureClub)

海部川河口の伏流水中から見つかった正体不明のミミズハゼの仲間【 CultureClub】

動物担当 井藤大樹

 徳島県南部を代表する河川である海部川は、湯桶丸(ゆとうまる)(標高1,372m)付近を源流とし、太平洋に注いでいます。海部川は、伏流水が豊富な川です。伏流水とは、地中にもぐりこんで流れる水のことです。海部川の下流域で、川岸や中州をよくみてみると、いたるところから水が湧き出しているのが観察できます(図1)。

図1 海部川下流域で見られる湧き水(矢印部分から湧き出している)

図1 海部川下流域で見られる湧き水(矢印部分から湧き出している)

 2020年に海部川の河口の伏流水の中から、変わったハゼの仲間が発見されました。このハゼの仲間は、ミミズハゼ属というグループに属することが分かっています。ここでは、この魚について紹介します。

幻のミミズハゼ発見?

 2020年3月、私と、県内で魚の調査を進めている奥村大輝氏、福岡工業大学の乾隆帝博士の3名は、海部川の河口で穴を掘っていました。穴掘りの目的は、河口の地中に生息するミミズハゼの仲間、イドミミズハゼを採集することで、当日は、2日間にわたる調査の2日目でした。イドミミズハゼは、伏流水中に生息する体長6cmほどの魚で、シャベルなどを使って採集します。

 そして、私たち3人にはイドミミズハゼとは別にひそかな目的がありました。それは、これまで、世界中で静岡県・和歌山県・三重県内のわずか4河川からしか確認されていないユウスイミミズハゼ(図2A)(以下、ユウスイとする)を徳島県から探し出すことです。ユウスイは、2011年に新種として記載された体長4cmほどのミミズハゼの仲間で、下流域の伏流水中に生息することが知られています。あわよくばユウスイが徳島県
から見つかるかもしれないと期待しながら調査をしていました。

図2 静岡県のユウスイミミズハゼの標本(A)と長崎県の ドウクツミミズハゼの標本(B)

図2 静岡県のユウスイミミズハゼの標本(A)と長崎県のドウクツミミズハゼの標本(B)

 広い河口で調査をする際には、3人が固まって調査をするよりも散らばった方が効率よく進められます。その時は、私と奥村氏が比較的近くで穴を掘っており、乾博士が離れた場所で穴を掘っていました。私と奥村氏が黙々と穴を掘っていたその時、遠くから「変な魚が捕れた」との声が聞こえてきました。急いで声の方へ向かうと、白色半透明の見慣れないミミズハゼの仲間(図3)が入った袋を持つ、乾博士の姿があったのです。私と奥村氏、乾博士は、2日間の疲れを忘れ、これこそがユウスイだと浮きたちました。その後、同じ場所で複数の追加標本を得ることもできました。

図3 海部川河口の伏流水中から見つかった正体不明 のミミズハゼの仲間(A:生きた状態、B:標本)

図3 海部川河口の伏流水中から見つかった正体不明のミミズハゼの仲間(A:生きた状態、B:標本)

正体不明のミミズハゼ

 私はこの成果を論文にして発表する必要があると考え、ユウスイについて書かれたいくつかの論文を読んでみました。すると、海部川河口から採集された標本の特徴はユウスイの特徴とよく一致していました。しかし、ユウスイはドウクツミミズハゼ(以下、ドウクツとする)によく似ているとも書かれていました。ドウクツは、これまで、島根県大根島および長崎県福江島の洞窟内と高知県新荘川河口の伏流水中からしか見つかっていないミミズハゼの仲間です。海部川河口から採集された標本は、ユウスイなのでしょうか、ドウクツなのでしょうか。

 ユウスイを新種記載したKanagawa et al.(2011) では、ユウスイは、①背面から見た両眼の間が平坦(ドウクツでは膨らむ)で、②上顎(じょうがく)の長さが比較的短く(ドウクツではやや長い)、③尾柄(びへい)部の高さがやや低く(ドウクツではやや高い)、④標本にした際に眼の輪郭が視認できる(ドウクツでは視認できない)ことでドウクツと異なるとしています。しかし、渋川ほか(2019)では、上記の4つの差異のうち、両眼の間の膨出(ぼうしゅつ)はユウスイでも確認され、眼の輪郭はドウクツとユウスイの間で差異が認められないとしています。また、渋川ほか(2019)は、上顎の長さと尾柄部の高さについても両種でその値は一部重なると指摘していました。
 
 海部川河口から採集された標本を観察し、和歌山県、三重県、静岡県のユウスイと長崎県のドウクツ(図2B)の標本と比べてみると、両眼の間の膨出程度や眼の輪郭、尾柄部の高さについて、ドウクツとユウスイ、海部川河口から採集された標本との間で差異は確認できませんでした。上顎の長さについては、ドウクツとユウスイの間でわずかに差異が確認され、海部川河口から採集された標本は、ドウクツの値に近いことが明らかになりました。しかし、渋川ほか(2019)が指摘したようにドウクツとユウスイの間でその値は重複していて、どちらの種に該当するか決め手には欠けていました。

 捕れた時にはユウスイだと思っていた海部川河口から採集された標本について、詳しく調べたところ、その正体はわからないという結果になっ
てしまいました。これらの標本の正体を明らかにするには、ユウスイとドウクツをもっとたくさん、より詳細に調べてみなければなりません。し
かし、これらは探し出すのが難しく、ドウクツに関しては、島根県、長崎県で絶滅しているかもしれないとまで言われています。正体を突き止めるには骨が折れそうです。

<引用文献>

井藤大樹・乾 隆帝・奥村大輝.2020.徳島県海部川から得られた地下水性ミミズハゼ属(Perciformes: Gobiidae)の形態と生息環境.日本生物地理学会報,75:18–24.
Kanagawa, N., T. Itai and H. Senou. 2011. Two new species of freshwater gobies of the genus Luciogobius(Perciformes:Gobiidae)from Japan. Bull. Kanagawa prefect. Mus.(Nat.Sci.), (40): 67–74.
渋川浩一・藍澤正宏・鈴木寿之・金川直幸・武藤文人.2019.静岡県産ミミズハゼ属魚類の分類学的検討(予報).東海自然誌,(12):29–96.
3

カテゴリー

ページトップに戻る