博物館ニューストップページ博物館ニュース132(2023年9月15日発行)暗闇に暮らすクモたち ―ホラヒメグモの世界―(132号 CultureClub)

暗闇に暮らすクモたち ―ホラヒメグモの世界―【Culture Club】

動物担当 鈴木佑弥

クモは私たちにとって身近な生き物です。野山や公園はもちろん、自室の机の上でさえ、彼らに出会うことができます。一方、ある種のクモは洞窟をはじめとする薄暗い環境でひっそりと暮らしており、私たちが日常生活の中でその姿を見ることはほとんどありません。今回は、ホラヒメグモの仲間(ホラヒメグモ科)に着目し、知られざる「洞窟性クモ」の世界を紹介します。

洞窟の生物

洞窟を生息場所とする生物を、洞窟性生物(洞穴生物)とよびます。洞窟性生物は、洞窟にどの程度依存しているかによって、「真洞窟性」「好洞窟性」「迷洞窟性」の3つに分類できます。「真洞窟性」とは、洞窟にのみ生息する生物であり、退化した眼、白い体、細長い脚といった特徴をもちます。続いて、「好洞窟性」は、洞窟に加えて、石垣の隙間や崖のくぼみ、木の洞(うろ)などの洞窟的環境にも生息する生物であり、真洞窟性の生物に比べて体色が濃く、眼も発達している傾向にあります。最後に、「迷洞窟性」は、ふだんは洞窟外に生息しているものの、何らかのきっかけで洞窟内に迷い込んでしまった生物を指します。今回紹介するホラヒメグモのほとんどは好洞窟性に該当します(図1)。

図1 いろいろなホラヒメグモ

図1 いろいろなホラヒメグモ

上段左:フジホラヒメグモ雌(静岡県)。富士山周辺の古い溶岩洞などに生息。8個の眼のうち2個が完全に失われており、残り6個もやや退化しているなど、真洞窟性の特徴を示す。
上段中:ミカワホラヒメグモ雌(愛知県)。好洞窟性。主に洞窟の奥に生息しており、体色は薄いが、眼ははっきりしている。
上段右:ソボホラヒメグモ雄(大分県)。好洞窟性。体色や模様は比較的濃い。
下段左:コホラヒメグモ雌(徳島県)。好洞窟性。洞窟だけでなく、森の中の落ち葉や石の下でもふつうに見つかる。本種はコホラヒメグモ属の仲間であり、ミカワホラヒメグモなどのホラヒメグモ属に比べて体が小さく、脚が短い<br />

ホラヒメグモの多様性

ホラヒメグモ(ホラヒメグモ科)は体長5㎜程度の小型からやや中型のクモで、洞窟内の壁や岩の間、石垣の隙間、人口トンネル内などの空間に不規則な網を張ります。他のクモと同じように肉食であり、ヤスデやカマドウマなどの洞窟性生物を食べるとされています。日本からはこれまでに50種あまりが記録されていますが、とりわけホラヒメグモ属というグループの種が多様であり、世界のホラヒメグモ属の4割近くが日本から見つかっています。また、それぞれの種が狭い範囲に分布する傾向にあります。
洞窟や洞窟的環境は、一般的に湿度が高く温度も安定しています。そのような環境に適応したホラヒメグモは乾燥に弱く、地上の日当たりが良く乾燥した環境では生きることができません。また、地上に暮らすクモの多くは風に糸を流すことで長距離を移動することができますが、ホラヒメグモはそのような能力も欠いています。これらが集団を隔てる要因となって、長い時間をかけて集団間の遺伝的な交流が絶たれることで新たな種が生まれていき、現在の多様性が形成されたと考えられます。
 

徳島県のホラヒメグモ

徳島県には少なくとも3種のホラヒメグモ属が生息しています。それらのうち最も広い範囲から見つかるのが、ゼンジョウホラヒメグモです(図2左上)。このクモは、上勝町の禅定窟(穴禅定)で最初に発見されたクモで、県中部以北から愛媛県・高知県東部にかけて分布します。また、県中部にはナガエホラヒメグモが広く分布します。この種は、地域によって形態が異なることから、いくつかの亜種に分類されています。さらに、県南部の牟岐町からは、ムギホラヒメグモという種が見つかっています。

図2 徳島県のホラヒメグモ  左上:ゼンジョウホラヒメグモ雄(神山町)。 右 :タツホラヒメグモ雌(阿南市)。 左下:タツホラヒメグモの不規則網(阿南市)。

図2 徳島県のホラヒメグモ

左上:ゼンジョウホラヒメグモ雄(神山町)。
右 :タツホラヒメグモ雌(阿南市)。
左下:タツホラヒメグモの不規則網(阿南市)。

ホラヒメグモの未来

洞窟性のホラヒメグモには、絶滅が危惧されているものも少なくありません。たとえば、愛知 県東部に分布するミカワホラヒメグモ(図1上段中)は、特定の洞窟にのみ生息しているため、県レッドリスト絶滅危惧IA類(絶滅のリスクが高い)に選定されているとともに、愛知県指定希少野生動植物に指定され、条例によって採集が規制されています。徳島県内のホラヒメグモの場合、ナガエホラヒメグモの一亜種(タツホラヒメグモ:図2右・左下)は最初の発見場所である竜の窟(いわや)(阿南市)が石灰採掘によって取り壊されてしまっており、確実な生息地は那賀町の洞窟一か所となっています。したがって、絶滅のリスクが非常に高いとされ、県レッドリストでは絶滅危惧I類に選定されています。
日本のホラヒメグモは世界的に見ても種が多様であり、生物地理学的にも重要だといえます。また、いまだに名前のついていない、未記載種と思われるホラヒメグモも県内をはじめ各地で見つかっています。そんなホラヒメグモを守っていくためにも、その生息状況や遺伝的情報をより詳しく調べていく必要があります。(動物担当)

<参考文献>

愛知県.(2020)レッドデータブックあいち2020.726pp.
坂東治男.(2011)徳島県のホラヒメグモ.四国大学紀要自然科学編 第33号:21–31.
徳島県.(2001)徳島県の絶滅のおそれのある野生生物2001.438pp.
Yaginuma,T.(1978)Fac.Let.Rev.,Otemon Gakuin Univ.12:151–160.
Yaginuma,T.(1981)J.Speleo.Soc.Japan 6: 29–32.
吉井良三.(1970)洞穴から生物学へ.NHKブックス.223pp.

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