博物館ニューストップページ博物館ニュース134(2024年3月25日発行)身近な場所にひそむ小蛾類たち(134号 CultureClub)

身近な場所にひそむ小蛾類たち【Culture Club】

動物担当 外村 俊輔

はじめに

「蛾が」という昆虫を意識して見たことはありますか?蛾と聞くと何かとマイナスなイメージを持つ方も少なくないと思いますが、日本で5,000種以上が確認されている蛾類のうち、私たちの生活に大きく影響を及ぼす種はごく一部に過ぎません。
 蛾類の中には、小型で翅(はね)を広げても10㎜程度しかない「小蛾類(」と呼ばれるグループがいます。
大型の種を含む「大蛾類(だいがるい)」に比べて原始的な特徴があり、形態も生態もさまざまで、一般的な蛾のイメージとかけ離れた形の種もいます。
 私たちのすぐそばにも、実は多くの小蛾類が生息しており、人間が作り出した環境を巧みに利用しています。
 

庭先で見られる小蛾類

 庭先や道路沿いの植栽には、目的に応じてきまった種類の植物が植えられるため、特定の小蛾類にとっては餌がたくさんある状態になり、ときどき大発生がみられます。また、海外の植物がよく植えられており、それを食べる外来種が発生することもあります。小蛾類に限らず、蛾の多くは光に向かって飛ぶ習性を持つので、街灯の近くの壁面では様々な種が観察されます。
 コナガは全体的に細長く、前方に突き出した触角と下唇鬚(しんかしゅ:口ひげ)が特徴的です(図1左上)。

花か壇だんや畑の近辺に生息し、街灯にもよく飛んできます。幼虫がキャベツやハボタンなどのアブラナ科の葉を食べるため、漢字で「小こ菜な蛾が」と書かれます。また、止まっていると前ぜん翅しの白い模も様ようが背中側で合わさってひし形のように見えることから、海外では「ダイヤモンド・バック・モス(Diamond back moth)」と呼ばれています。
 シラホシトリバは、鳥の羽毛のように枝分かれした翅を持つ「鳥羽蛾(とりばが)」の一種です。その和名のように、山吹色の体に白い星のような模様が散りばめられています(図1右上)。幼虫は空き地やフェンスに生えるヤブガラシやノブドウの花を食べ、成虫は昼間にそれらの花などの蜜を吸います。
 ツゲノメイガは、黒い縁取りとわずかに透通った白というモノクロームな色彩の前翅を持ち、見る角度によっては光沢もあります(図1左下)。幼虫は道路の植栽に用いられるツゲ類の葉を食べており、成虫は初夏から晩夏にかけて道路沿いの建物や街灯の近くで見られます。

家の中で発生する小蛾類

 家の中は年間を通じて温度や湿度が一定で、野山と比べると植物や土がほぼない特殊な環境です。そこにいる小蛾類もまた、独特な生き方をしています。もともと鳥の巣や洞穴(ほらあな)、森林の落ち葉などに生息していた種が多く、人間の住み家が生きていく上でたまたま都合がよかったために、全世界に進出しています。
 ノシメマダラメイガは屋内で発生する最も一般的な種のひとつで、前翅の後半が赤褐色(せきかっしょく)で、銀色の鱗粉(りんぷん)が散りばめられています(図1右下)。幼虫は米、小麦粉、お菓子など、油分を含む乾燥した
食品を食べます。建物の内外でよく見られ、筆者は実家の米櫃(こめびつ)や精米機(せいまいき)の中で発見したことがあります。自然が豊かな場所では見つけることが難しく、人間の生活と強く結びついた種といえます。

図1 身近な場所で見られる小蛾類左上:コナガ(徳島市)開張10~15mm 右上:シラホシトリバ(徳島市)開張10mm 左下:ツゲノメイガ(徳島市)開張30~50mm 右下:ノシメマダラメイガ(福岡県)開張10~20mm

図1 身近な場所で見られる小蛾類左上:コナガ(徳島市)開張10~15mm
右上:シラホシトリバ(徳島市)開張10mm
左下:ツゲノメイガ(徳島市)開張30~50mm
右下:ノシメマダラメイガ(福岡県)開張10~20mm

植栽から見つかる新種

 植栽から正体不明の小蛾類が出てくることがあり、調べると学名がまだない種だったという事例があります。2020年に新種として記載されたイヌマキミドリスガ(仮称)は、前翅が深緑色(しんりょくしょく)の輝きを放つ美しい種です(図2左)。幼虫は、生垣によく用いられるイヌマキの新芽を糸で綴つづって巣を作り(図2右)、6月から7月にかけて成虫になります。徳島県では文化の森総合公園の駐車場で見つかっているので、森林に近い住宅地のイヌマキには本種がいるかもしれません。

図2 植栽された植物を食べていた新種 左:イヌマキミドリスガ(徳島市)開張10mm 右:植栽のイヌマキ。赤丸で示すように、新芽が糸で綴られて細く纏まとめられており、内部に幼虫がひそむ。

図2 植栽された植物を食べていた新種
左:イヌマキミドリスガ(徳島市)開張10mm
右:植栽のイヌマキ。赤丸で示すように、新芽が糸で綴られて細く纏まとめられており、内部に幼虫がひそむ。

おわりに

 小蛾類は、その小ささゆえに分類学的な研究が進んでいません。イヌマキミドリスガのように、身近な場所からも新種が見出される可能性を秘めています。また、空港や港に近い市街地では、それらを侵入経路とする外来種が飛んでくることもあります。山の中と比べると少なくはなりますが、身近な場所にはまた違う種類の小蛾類たちが見ら
れるのです。
 不思議な形態をしている小蛾類ですが、存在を知らなければ容易に見逃してしまいます。皆さんも自宅の周りや庭などでそれらを探して、観察してみてください。

参考文献

広渡俊哉ほか.(2013)日本産蛾類標準図鑑III.学研出版.359 pp.
那須義次ほか.(2013)日本産蛾類標準図鑑IV.学研出版.552 pp.
Sohn et al. (2020) Zool. Jour. Lin. Soc., 190: 709–736.
保田淑郎ほか.(1998)小蛾類の生物学.文教出版.233 pp.

 

カテゴリー

ページトップに戻る