博物館ニューストップページ博物館ニュース032(1998年9月15日発行)ダムと魚-勝浦川における調査からー(032号CultureClub)

ダムと魚-勝浦川における調査から-【CultureClub】

動物担当 佐藤陽一

川には様々な目的でダムが造られています。水害を防いだり、田畑へまく水、私たちが飲む水、工場で使う水、あるいは水力発電のための水などを確保するためです。このようにダムは私たちの生活に必要なものですが、残念ながらよいことばかりではありません。川をせき止めた結果、そこにすむ生き物に様々な影響を及ぼすからです。

徳島県東部に、上勝町から勝浦町徳島市・小松島市を流れ、紀伊水道に注ぐ勝浦川という全長約50kmの2級河川があります(図1)。上流域に正木ダムという多目的ダムがあり、ここで取水して6km下流の発電所までパイプラインでバイパスしているため、川のこの区間は水量の少ない減水区間となっています。魚にとっての勝浦川とはどんな川なのでしょうか。

勝浦川の魚

勝浦川にはどのくらいの種類の魚がすんでいるでしょうか。それを分類群別に示したのが図2です。昨年の調査では、上流域から河口の汽水域まで、支流にすんでいる魚も含めると、全部で71種が見つかりました。確認したうちでもっとも多いのがハゼ類で、次いでコイ類、スズキ類、ボラ類の順となっています。種数の多いハゼ類とコイ類だけで全体の61%にもなり、残りはいろいろな分類群からなリますが、1分類群あたりの種数はハゼ類・コイ類と比べて極端に少なくなっています。

さて、この図では生活型別でも色分けして示してあります。これをみるとハゼ類の半分以上は周縁性淡水魚で、通し回遊魚、も多いことがわかります。これに対してコイ類はすべて純淡水魚によって占められているところが対照的です。全体でみると、純淡水魚は44%、通し回遊魚は14%、周縁性淡水魚は42%の割合になっています。勝浦川の魚の多様性にとって、純淡水魚だけでなく、海との関わりで生活する魚も大切だということがわかります。

減水区間の魚

上流から河口まで、調査地点ごとに確認された魚の種数を示したのが、図3です。これを大まかにみると、下流へいくほど種数が増え、とくに潮止め堰(地点20)よリ下流では純淡水魚が周縁性淡水魚に入れ替わっている様子がわかります。しかし細かくみると、正木ダム湖(地点6)から棚野ダム(発電所からの放水に伴う水量変化を調節するための可動式の小さなダムで、このすぐ上流に発電所の放水口があります)までの区間は、他の地点と比べて種数が少ない上、折れ線グラフの傾きがフラットで、この区間で新たに出現した種がたいへん少ないこともわかります。正木ダム湖内の調査はまだ不充分なので、ここより下流の減水区間に絞ると、3地点それぞれで7~9種が出現しているにすぎません。魚の多様性はかなり貧弱といえそうです。

正木ダムの影響

ではダムの何が、魚類相の貧弱化をもたらしているのでしょうか。予想される原因を考えてみましょう。
1つ目の原因として、ダムは川を完全に分断してしまうので、魚の上下方向への自由な移動を妨げることがあげられます。生活史の中で海と川を行き来しなければならない通し回遊魚は、ダムより上流へはまったく行くことができません。正木ダムくらいの規模(高さ67m)になると、魚道の設置はほとんど不可能です。さらに下流の棚野ダムには、応魚道が設置されていますが、構造に問題があり、ここを遡上できる魚はかなり限られていると思われます。つまり正木ダムと棚野ダムの間は、他の区間から隔離された状態に近いといえます。そのため、何らかの原因でいったん減水区間で絶滅してしまうと、他からの自然な再移住ができにくくなり、種数はなかなか回復しません。

図 1 勝浦川水系と調査地点。正木ダムと棚野ダムとの閏(地点7~9)が減水区間。

図 1 勝浦川水系と調査地点。正木ダムと棚野ダムとの閏(地点7~9)が減水区間。

2つ目の原因として、上流からの土砂の移動がダムによって妨げられていることがあげられます。ダムができると、その下流では砂や小石が洪水のたびに流されてしまい、あとには比較的大きな石しか残らなくなります。つまり底質の粗粒化が起こります。すると砂底を好む力マツ力やシマドジョウなどの底魚にとってはすみにくい環境となることが考えられます。
3つ目の原因として、「減水区間」というくらいですから、水量の減少の影響が考えられます。水がまったくなかったら、当然魚はすめませんが、たいていはダムから漏水があったり、支流からの流入でいくらかは水があります。勝浦川では正木ダムのすぐ下に藤川谷川というわりと大きな支流があるので、減水区間でも水が流れています。それでもダムがないとした場合の20分の1くらいしかありません。この流量の少なさはかなり大きな影響を及ぼしていると考えられます。

図2 勝浦川で確認された魚類の分類群別種数。生活型別に色分けしである。純淡水魚は 、一生を淡水域で生活する魚。ただしカダヤシのようにある程度の塩分にも耐えられる2次的純淡水魚も含まれている。通し回遊魚は、ウナギやアユのように一生の聞に必ず川と海とを行き来する魚。縁性淡水魚は、一生の大部分あるいは一部を河口に近い汽水域で生活する魚。

図2 勝浦川で確認された魚類の分類群別種数。

生活型別に色分けしである。純淡水魚は 、一生を淡水域で生活する魚。ただしカダヤシのようにある程度の塩分にも耐えられる2次的純淡水魚も含まれている。通し回遊魚は、ウナギやアユのように一生の聞に必ず川と海とを行き来する魚。縁性淡水魚は、一生の大部分あるいは一部を河口に近い汽水域で生活する魚。

まず水量が少なければ、それだけで魚がすむことのできる空間が小さくなります。小さな家よりも大きな家の方がたくさんの人が住みやすいのと同じです。
次に水質が悪化しやすいことがあげられます。支流の藤川谷流域には比較的人家が多くみられます。そのため有機汚濁の原因となる未処理の下水の流入が多いと考えられます。川の水量が少ないと、汚濁物質が薄められないので、相対的に汚濁の程度が高くなります。これはきれいな水を好む魚にとっては不都合です。昨年の調査では、徳島県ではジンソクの名で親しまれ、どこの川でも上流域から下流域上部にかけて普通にみられるはずのハゼ類の力ワヨシノボリがまったく生息していない地点が減水区間にありました(地点8)。このような場所には、川底に有機性の微細粒子が厚くたまり、水も濁っていました。

図 3 勝浦川にお ける調査地点別種数。地点ごとの出現種数(棒グラフ)は、図 2と同様、生活型別に色分けしてある。下流方向への累加種数 (折れ線グラフ) は、 ある地点より上流で出現したすべての種数を示す。 いくつかの地点はまとめて示した。

図 3 勝浦川にお ける調査地点別種数。地点ごとの出現種数(棒グラフ)は、図 2と同様、生活型別に色分けしてある。下流方向への累加種数 (折れ線グラフ) は、 ある地点より上流で出現したすべての種数を示す。 いくつかの地点はまとめて示した。

そして4つ目の原因ですが、洪水に前後して行われるダムからの放水があげられます。大雨が降って、ダム湖に流れ込む水が多くなりすぎると、水があふれで、下流に水害をもたらす危険が大きくなります。そうならないようにダムでは必要に応じて放水し、水量を調節しています。これは人間にとっては好都合ですが、魚にとっては問題となることがあります。とくに夏の水温が高い時期に、ダム湖の底に近い冷たい水を急に流すと、魚のような変温動物は体が麻痩状態となり、下流へ流されやすくなると考えられます。水温差は10度近いこともあります。

おわりに

勝浦川では2000年から発電のための利水権更新に伴い、今まで平常時にはダムから水を流していなかったのを改め、河川維持放流といって、川の良好な環境を保つために一定量を常に放水する予定です。これは魚の生息空間を広げ、水質の改善につながるので一見よさそうに思えます。しかし、上にも述べたように、放水される低温水や濁水(ダム湖の水はプランクトンが繁殖して濁っていることが多い)の悪影響が生じるかもしれません。また、維持放流そのものは移動障壁の問題や川底の粗粒化の改善には役立ちません。ダムとその結果できるダム湖は、長い川の中のほんの一部を占めるだけなのですが、それが魚に及ぼす影響範囲がいかに大きいかおわかりいただけたでしょうか。今後、勝浦川の正木ダムに関連して、魚と河川環境の関係を探るより詳しい調査を何年かかけて行う予定です。

カテゴリー

ページトップに戻る