鳴門海峡海底の化石【CultureClub】

地学担当 中尾賢一

はじめに

鳴門海峡は鳴門市大毛島と兵庫県淡路島との間にあります(図1)。海峡北西側の播磨灘(はりまなだ)と南西側の紀伊水道との聞に大きな潮位差ができることても、有名な「鳴門の渦潮」が発生します。その潮位差は最大1m以上、潮流の速度は最大毎秒5mに達します。海峡両側の海底には、溝状の凹(おう)地や海釜(かいふ)とよばれるくぼ地が発達しています。潮流が海底を深くえぐってできた地形です。

図1 鳴門側から見た鳴門海峡

図1 鳴門側から見た鳴門海峡


鳴門海峡周辺の海底からは、ときどき化石が底曳網(そこびきあみ)の漁網にかかります(図2)。次に周辺の地質や化石について概説し、そのあとで代表的な化石であるナウマンゾウと卜ウキョウホタテについてやや詳しく解説します。

図2 鴫門海峡の位置と化石産出地点(赤い丸印)

図2 鴫門海峡の位置と化石産出地点(赤い丸印)

鳴門海峡海底の化石-その産出状況

化石が引き上げられる場所は海釜の周辺なので、もともと海底下の地層の中に含まれていたものが潮流によって洗い出されたものだと考えられています。南淡(なんだん)町福良(ふくら)沖(紀伊水道側)では最近10数年間、化石はほとんど採集されていないそうですが、淡路島南西海域(播磨灘)では現在も新たな化石が得られています。それでも20年前と比べると大型のものが減り、化石の数も少なくなったそうです。
私はこれらの化石をいろいろな面から調べています。特にこの1年間ほどの間には、いろいろな方のご協力をいただいて資料や情報の蓄積が急速に進みました。これまで不明だったいくつかの点を明らかにすることができただけではなく、新たな課題も出てきました。この報告では、最新の成果の一部をとりこんで紹介しています。

化石の種類と年代

鳴門海峡海底産の化石は、大型の陸生哺乳類(りくせいほにゅうるい)と、貝やフジツボなどの海生無脊椎動物(かいせいむせきついどうぶつ)の2つのグループに分けることができます。
よく知られているのは陸生哺乳類の方で、数量的にもこちらが多数派です。紀伊水道側と播磨灘側の両方で見つかっています。圧倒的に多いのはナウマンソウ(図3)で、しかもこれ以外のゾウは報告されていません。ナウマンゾウ以外にはシ力の角なども見つかっています。これらの化石は、かつて瀬戸内海が干上(ひあ)がって陸地になっていた時代があり、そこにたくさんのナウマンゾウやシ力が住んでいたことを示しています。
海生無脊椎動物化石は、現在のところ播磨灘側の淡路島南西海域でわりあい多く見つかっていますが、紀伊水道側では未発見のようです。現生の貝殻(かいがら)と識別が難しいので、ほとんどの場合、引きあげられでも気づかれないのでしょう。
最も目立つのは絶滅種の卜ウキョウホタテ(図4)で、これ以外に、大型のフジツボやトリガイなどが得られています。
これらの化石の詳しい年代は不明ですが、ともに中期~後期更新世のものであることは確かでしょう。ナウマンゾウと卜ウキョウホタテが全く同じ時代の化石だとは考えられませんが、どちらが古いのかはわかっていません。

ナウマンゾウ

日本列島で最も多く発見されるゾウです。当館の常設展示室には、北海道忠類(ちゅうるい)村産の全身骨格が展示されています。生息していた時代は約40万~2万年前(第四紀更新世中期~後期)で、北海道から九州までの各地で化石が見つかっています。
化石が多く見つかる場所が全国にはいくつかあります。その中の備讃瀬戸(びさんせと)海域(香川県坂出市沖~岡山県倉敷市の間)、釈迦ヶ鼻(しゃかがはな)沖(小豆島南方海域)と野尻湖(長野県北部)の3地域では多数の標本が集められていて、個々の標本の計測値を含む詳しい報告が行われています。
当館に収蔵されている鳴門海峡産第3大臼歯の標本について、これらの産地の計測データと比べたところ、鳴門海峡産のものは全体的に野尻湖産のものより小さいことがわかりました。微妙ではありますが、ちょっとした形の違いもありそうです。その一方、同じ瀬戸内海の産地である備讃瀬戸産と釈迦ヶ鼻沖産のものについては、何かしら違いはありそうなのですが、はっきりした結果が出ませんでした。同じ瀬戸内海ということで、野尻湖のものと比べると違いが少ないのかもしれません。
今のところ鳴門海峡産の標本は数が少なく、その特徴についてもこれ以上詳しいことはわかっていません。今後、標本やデータが増えれば、他産地のナウマンゾウとの違いがよリはっきりしてくるだろうと考えています。

図3頬側からみたナウマンゾウ右下顎第3大臼歯

図3頬側からみたナウマンゾウ右下顎第3大臼歯

トウキョウホタテ

日本各地の鮮新世(せんしんせい)~更新世(こうしんせい)の地層から産出し、特に関東地方の中期更新世の地層から多産することで有名です。ホタテガイとよく似ていて、大きさも同じくらいです。時代や産地により、形態や大きさにいくらかの違いがあります。

図 4 卜ウキョウホタテ左殻、非常に保存がよい標本

図 4 卜ウキョウホタテ左殻、非常に保存がよい標本


最近まで鳴門海峡海底産のトウキョウホタテは標本数が少なく、研究者の間でも存在がほとんど知られていませんでした。ところがこの数年間に漁師の小野守さん(鳴門市瀬戸町)が10点ほどの化石を採集し、そのすべてを博物館に寄贈していただいたので、ようやく詳しい検討が開始できるようになりました。
鳴門のものは、左殻が平らで、右殻がよくふくらむ傾向があるようです。母岩付きのものは、青っぽい泥岩の中に含まれています。大型のフジツボやイタボガキと同じ岩塊に含まれていることもあります。二枚の殻が両方そろった個体が多いのも特徴のひとつです。片殻のものの多くは、地層から洗い出されたときやその直後に壊れてしまう、ということなのかもしれません。このような形態上の特徴や産出状況などを、今後詳しく調べる予定です。

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