博物館ニューストップページ博物館ニュース129(2022年12月1日発行)なぜ那賀町木頭地区だけに太布の・・・(129号CultureClub)

なぜ那賀町木頭(きとう)地区だけに太布(たふ)の製造技術が残ったのか【CultureClub】

民俗担当 磯本宏紀

コウゾ、カジノキなどの樹皮(靱皮(じんぴ))の繊維(せんい)を糸にし、織って布にしたものを太布と呼びます(図1)。太布は、古代以来使われてきたとされ、江戸時代に木綿(もめん)が普及するまでは、普段着や労働着に使われた布の一つとされます。その製造技術は、現在では那賀町木頭地区だけに残る稀 きなものです。では、なぜ木頭地区だけに残ったのでしょうか。

図1 太布(当館蔵)

図1 太布(当館蔵)

文献に記されてきた太布

かつての人びとの太布に関する認識を知るため、文献をいくつか確認します。19世紀初め、国学者本居宣長(もとおりのりなが)により編さんされた『玉勝間(たまかつま)』によると、かつての「穀(かじ)の木の皮」を材料に布を織る技術は、19世紀初めにはほとんどが失われていました。それが、阿波ではまだ伝えられていたことを知り、本居はそのことを、驚きをもって記しました。民俗学者柳田國男(やなぎだくにお)による『木綿以前の事』という本があります。これには、柳田が20世紀初めに祖谷山(いややま)を調査旅行した際の、夏冬を通して太布でつくられた衣類を着て暮らしているという聞き書きがあります。この当時、木頭地区以外に、祖谷山でも太布が使われていたことがわかります。 郷土史家 後藤捷一(ごとうしょういち)は、「太布雑考(たふざっこう)」という調査報告を1956(昭和31)年に出しています。これには、祖谷山と木頭地区両方の技術や材料などが書かれています。この時点で後藤は、祖谷山では70歳以上の人でないと詳しいつくり方を知らない、と報告しています。祖谷山で消滅した理由は、 他の布に比べ手間がかかる、美しくなく荒っぽいからとされ、明治中頃から末期にかけて、廃(すた)れていったのだとされます。

太布と木綿の交換と行商

では、なぜ木頭地区で太布の製造技術が残ったのでしょうか。民俗学者 竹内淳子(たけうちじゅんこ)こ による「木の布・草の布」に掲載された聞き書きの要点を紹介します。 榊野(さかきの)アサ氏(那賀町木頭南宇)という明治20年代生まれの人物の、若い頃の話です。榊野氏 は、子守奉公(こもりぼうこう)で貯めたお金を元手に新野(あらたの)(阿南市)の呉服屋で縞木綿(しまもめん)の反物(たんもの)を仕入れ、徒歩で木頭地区まで運び、反物を切り売りしました。木綿を売ったお金で今度は太布を買い集め、新野まで運んで卸しました。卸された太布は、呉服屋が弁当袋や畳の縁布(ふちぬの)に加工して徳島方面に売りました。 明治後期、木綿一反の仕入れ価格よりも太布の買い取り価格の方が高かったようで、荷物を背負って木頭地区と新野を行き来し、行商することで、その差額分を稼ぐことができました。20世紀初め以来、自家用の衣類としての太布から、換金もできる太布になることで、木頭地区での製造が続くことになりました。 その後、文化財「阿波の太布紡織習俗(ぼうしょくしゅうぞく)」としての記録作成措置がとられたのは1962(昭和37)年、岡田ヲチヨ氏(那賀町木頭南宇)が「阿波太布製作技法」の保持者となったのは1970年のことでした。 現在、太布製造に関しては、2種類の文化財指定があります。重要無形民俗文化財「阿波の太布製造技術」2017年3月指定)と、徳島県指定無形文化財(工芸技術)「阿波太布製造技法」(1984年8月指定)です。いずれも、阿波太布製造技法保存伝承会が保持団体です(図2)。

 

図2 阿波太布製造技法保存伝承会によるカジ蒸しの作業

図2 阿波太布製造技法保存伝承会によるカジ蒸しの作業

太布関係資料と榊野アサ氏

2022(令和4)年3月15日から7月18日ま で、当館常設展の歴史・文化コレクションで「太布―樹皮から布をつくる手仕事―」を開催しました。先述の榊野アサ氏が製作、使用したものも多数紹介しました。着物、作業着など衣類だけではなく、太布でつくった穀物用の袋、弁当袋、畳の縁布などの製品もありました。また、太布の糸を入れる「おごけ(桶(おけ))」や地機(じばた)など、太布の製造用具も展示しました(図3)。 これらの資料群は、榊野アサ氏が使わなくなった後、当館に寄贈されたものです。現在は博物館で榊野アサ氏の“モノ語り”を引き継いでいます。

図3 榊野アサ氏による太布製品と製造用具(「太布―樹皮から布をつくる手仕事―」展より)

図3 榊野アサ氏による太布製品と製造用具(「太布―樹皮から布をつくる手仕事―」展より)

引用文献

  • 後藤捷一 1956 「太布雑考」『近畿民俗』19
  • 竹内淳子 2011[1982]「木の布・草の布」 田村善次郎・宮本千晴監修『あるくみるきく双書 宮本常一とある いた昭和の日本 21織物と染物』 農山漁村文化協会
  • 本居宣長 1968 『玉勝間』下 岩波書店
  • 柳田國男 1990 『柳田國男全集』17 筑摩書房

カテゴリー

ページトップに戻る