徳島県若杉山辰砂採掘遺跡出土石器の重要文化財指定について

 文部科学省に設置されている文化審議会は、令和4年11月18日の同審議会文化財分科会の審議・議決によって、「徳島県若杉山辰砂採掘遺跡出土石器」を重要文化財に新たに指定することを文部科学大臣に答申しました。これにより、当館が所蔵する若杉山辰砂採掘遺跡出土品の一部が重要文化財に指定されることになりました。
指定される資料のうち、徳島県立博物館所蔵品については、辰砂鉱石や発掘調査時に出土した動物の骨、貝殻などとともに常設展示室で展示しています。

常設展示の様子

【写真】常設展示の様子

石器使用の様子を動画で紹介しています。

【写真】石器使用の様子を動画で紹介しています。

若杉山辰砂採掘遺跡から出土した石器、土器、勾玉、動物遺体など。これらのうち、石杵や石臼が重要文化財に指定されることになりました。

【写真】博物館が所蔵する若杉山辰砂採掘遺跡から出土した石器、土器、勾玉、動物遺体など。これらのうち、石杵や石臼が重要文化財に指定されることになりました。

若杉山辰砂採掘遺跡について

 若杉山辰砂採掘遺跡は、那賀川の支流の若杉谷川に沿った急峻な山腹斜面、標高140から280mに位置します。遺跡内には母岩となるチャートと石灰岩が各所で露頭し、その岩中には水銀朱の原料となる辰砂を含んだ熱水鉱脈が貫入しています。

 徳島県博物館(現徳島県立博物館)発掘調査によって、作業場とみられる遺構と石杵・石臼などの石器類や土器等が出土しました。この成果より、弥生時代後期から古墳時代前期初頭において、鉱石から不要鉱物を除く精製作業(選鉱)が行われたことが推定されました。
さらに、徳島県教育委員会と阿南市の発掘調査によって、辰砂が含まれる熱水鉱脈での「露天採掘跡」および「採掘坑」が確認されました。これらの成果から、遺跡は令和元(2019)年に史跡「若杉山辰砂採掘遺跡」に指定されました。

 これら一連の調査における出土品のうち、徳島県が所有する石杵96点,石臼28点の計124点の石器に、附として土器残欠114点、石製勾玉1点、石杵剥片9点、辰砂鉱石11点を加えた、総数259点の資料(当館所蔵石杵は72点、石臼は27点、土器残欠は105点、石製勾玉は1点、それ以外は徳島県立埋蔵文化財総合センター蔵)は、辰砂の採掘と精製過程を具体的に復元できるものです。辰砂の採掘現場であった遺跡、遺構との関係性も明確で、弥生時代から古墳時代初頭における水銀朱の生産の実態を示すとともに、その担い手を含めた生産や流通、交易を考えるうえでも重要で、学術的価値が非常に高いものであることから、重要文化財に指定されることになりました。

若杉山遺跡遠景(北から)

【若杉山遺跡遠景(北から)】


石杵・石臼


辰砂鉱石の採掘用具として、また現地で辰砂鉱石から母岩等の不要鉱物を除く精製作業(選鉱)が行われたことを示す石器です。辰砂鉱石を粉末化するまでの「敲き(たたき)」・「潰し(つぶし)」・「磨り(すり)」といった具体的な採掘・精製工程を復元するうえで重要な資料です。
石杵の多くは那賀川において採集される砂岩製ですが、香川県東部産の玢岩(ひんがん)製品が少数存在します。採掘に適した石材の選択、および約40km離れた地からの運搬行為を示すものとして注目されます。

 

土器類

多くは破片ですが、遺跡で辰砂を採掘していた年代などを決定する重要な資料です。また、土器の胎土や形状の特徴から、遺跡周辺で作られたもの、鮎喰川下流域周辺で作られたもの、香川県香東川周辺で作られたもの、山陰地方や近畿地方との関係が認められるものがあり、広い範囲の人が辰砂採掘に関わっていたことが想定されます。重要文化財である石器の附(つけたり)に指定されました。

一括指定品。辰砂鉱石と石杵剥片は徳島県立埋蔵文化財総合センター蔵

【写真】一括指定品。辰砂鉱石と石杵剥片は徳島県立埋蔵文化財総合センター蔵

 

若杉山辰砂採掘遺跡から出土した資料の高精細画像は、徳島県立博物館デジタルアーカイブでご覧いただけます。

また、Youtubeの徳島県立博物館公式チャンネルでは、【徳島県立博物館トピックビデオ03】若杉山辰砂採掘遺跡(徳島県阿南市)を配信しています。