博物館資料の保存と地球環境【情報ボックス】
保存科学担当 魚島純一
博物館には、日々さまざまな資料が持ち込まれます。化石や動物・植物の標本(ひょうほん)、遺跡(いせき)から出土したものや古文書(こもんじよ)、昔の農具など、種類も大きさも、そして材質もさまざまです。運び込まれる資料の多くが、動物や植物そのものであったり、紙や木、繊維(せんい)などのいわゆる害虫が好んで食べる材料であることが博物館にとって大きな問題となります。
博物館では、貴重な資料がムシに食われないようにするため、持ち込まれるすべての資料についたムシや力ビを取り除く作業をしています。と言っても、何百、何千もの数の資料を1つずつ調べていくことは実際には不可能に近いことです。また、ムシたちもいつも見えるところにいるとは限りません。そこで博物館では、資料の奥や見えないところに隠れたムシやその卵までも殺してしまえるガス(臭化(しゅうか)メチルと酸化(さんかう)工チレン)を使ったくん蒸(じょう)という作業をおこなってから資料を運び込むことにしています。
図1 害虫に食害された巻物
ところが、地球環境をまもるという観点から、これまでくん蒸に使っていたガスが2005年には全面的に使用禁止とすることが、国際的な取り決めで決められました。くん蒸ガスに含まれる臭化メチルが、地球周辺のオゾン層(そう)を破壊することがわかったためです。とは言え、まったくムシを取り除かずに博物館に資料を持ち込むことはできません。なぜなら、そんなことをすれば、博物館の中でムシが大発生し、すべての資料がムシの工サになってしまうようなことにもなりかねないからです。そこで、これまでのくん蒸にかわる何らかの方法が求められています。今現在、これまで使っていたガスにかわって、地球環境にあまり悪影響を与えない別のガスを使ってくん蒸する方法や、二酸化炭素(にさんかたんそ)を使ってムシを殺す方法、窒素(ちっそ)や脱酸素剤(だっさんそざい)などを使って、ムシを酸欠(さんけつ)状態にして殺す方法、低温でムシを殺す方法などが実験されていますが、日本ではいずれの方法もまだ実用段階にはいたっていません。
図2 博物館のくん蒸施設
一方、早くから環境問題にたいする市民の関心が高かった欧米では、地球環境に悪影響を与えるガスの使用をかなり以前からやめており、二酸化炭素による方法や、窒素を使った方法がすでに実用化されています。
くん蒸ガスの使用禁止を4年後にひかえ、徳島県立博物館でも何らかの対応をしなければと考え、現在、窒素を使った方法の採用などについて検討をはじめたところです。しかし、これまでのくん蒸では2~3日ですんだものが、2週間以上かかることになる可能性もあり、前途(ぜんと)は多難(たなん)です。
100年後、あるいは200年後、くん蒸によって博物館資料がまもられ続けたとしても、この地球に人が住めないような状況になっていては元も子もありません。博物館では、貴重な博物館資料と同じくかけがえのない地球環境を次の世代に引き継いでいくために、今もっともよい選択は何であるかを真剣に考えています。このテーマについては、今後も進展があり次第、随時(ずいじ)報告させていただきます。