前山1号墳の調査成果【速報】
考古担当 高島芳弘
前山古墳群は、名西郡石井町石井字石井の標高160mほどの尾根上にあり、2基の前方後円墳からなる古墳群です。
博物館では、1996年2月・3月に2基の測量調査を、1999年からは前山1号墳の発掘調査を行ってきました。
今回でほぼ1号墳の調査が終了したので、今まで未報告の部分を中心に、調査成果の概略を報告します。
墳長及び墳形
全長18mの前方後円墳で、前方部1段で土を盛って表面に石を葺(ふ)いています。後円部は石を積み上げて、一部土を補い墳丘を2段としています。1段目はテラス状です(図1)。
図1 後円部全景(東から)
古墳主軸はほぼ東西(N‐76°‐W)に向いています。前方部長さ約9m、後円部の直径9.7m程度で、後円部の直径と前方部の長さの比率がほぼ1:1です。前山古墳群の2基も含めて県内に14基の前方後円墳が確認されていますが、その中でも最も小さいものです。
前方部は細長く、くびれ部からややすぼまり中央部付近からバチ形に開いていますが、これは、北條芳隆氏によって提唱されている讃岐型前方後円墳の特徴の一つで、香川県の鶴尾神社(つるおじんじゃ)4号墳、爺(じい)ヶ松(まつ)古墳、野田院(のたのいん)古墳や兵庫県の養久山(やくやま)1号墳などの墳丘の形と似ています。
埋葬主体部
埋葬主体部は後円部のやや西に偏って設けられ、古墳の主軸に直支して南北(N‐2°‐W)向きにつくられています(図2)。頭位は北で、あったと思われます。
図1石槨(北から)
墓壙(ぼこう)の区画と考えられる部分に、おおぶりの板状の緑色片岩をやや外に傾けて楕円形に並べています。上端てや南北約4.4m東西2.5mあります。
床には赤みの強い粘土を敷いて、その上に木棺を据えたのだと考えられます。木棺の東西両側に板状の緑色片岩を並べ石槨(せっかく)としています。南側は緑色片岩を1枚だけ使っています。
時期
墳丘の後円部東寄り、後同部東南裾、くびれ部、前方部端の流出土から複合口縁の壺などの土師器破片が出土しました(図3)
図 3 出土土器
これらのうち、図3右下の頚部の折り返しや口縁の立ち上がりの垂直なものは、宮谷古墳の壺と非常に似ています。ただし宮谷古墳の壺よりも若干新しくなりそうです。
墳形から見ても古い古墳に位置づけられそうで、この古墳の築造時期は3世紀末から4世紀初頭と推定されます。