絶滅から植物を救うために【CultureClub】
植物担当 小川誠
環境省は2000年に、徳島県は2001年にと相次いでレッドデータブック(ROB)を出版しました。私はその両方の作成に関わリましたが、出版後も工事の際にそこに生えていた植物が絶滅してしまうケースに何度か直面し、悔しい思いをしています。そこで、どのようにすれば絶滅から植物を救うことができるのかということについて話します。
絶滅から救われたタコノアシ
タコノアシについては、2001年12月に発行された博物館ニュースの45号に「園瀬川で発見されたタコノアシとフジバ力マ」として記事にしました。絶滅危惧種の産地を発表することは、採集などにより絶滅の危険が高くるので普通は行いません。しかし、このケースでは、道路建設や河川改修などの工事で生育地が壊される恐れがありましたので、あえて、ニュースや新聞で、公表しました。幸いなことに工事担当者からの問い合わせがありました。詳しく話をうかがったところ、タコノアシの生育地が河川改修によリ影響を受けることがわかりました。何度か協議を重ねて、できるだけタコノアシの生育地に影響がないような工事手法を取るようお願いしたところ、工事担当者の努力のかいがあって、注意深く工事が進められました。
図1土に埋まったタコノアシ生育地(2002年4月9日)
ところが、このタコノアシの生育地を最初に見つけた田淵武樹氏から、タコノアシが埋まっていると連絡がありました。確認したところ、タコノアシの生育地は2力所見つかっていたのですが、かなり離れていて今回の工事の影響がないと思っていた2力所目の生育地が、じつは接近していて、堤防の拡張のための土砂に覆われてしまっていたのです。そこで、再度工事担当者に連絡を取り、対策を協議しました。ここのタコノアシはもしもの時に移植できるようにと博物館に持ち帰って栽培していました。今回は埋まった種子があればそれから芽が出る可能性があるので、とりあえず土砂を取り除いて以前の状態に戻し様子を見て、必要であれば苗を移植しようということになりました。
図2土砂が取り除かれた生息地(2002年4月23日)
工事担当者や実際に工事をしてくださっている方々おかげで、土砂が取り除かれ、土の中から冬越しをした地下茎も出てきました。しらばく経つと、その地下茎や土の中に落ちていた種子から芽が出て、20個近くのタコノアシが見られるようになり、8月には開花し、やがて結実もしました。環境がこのまま保たれればタコノアシはここで生きていくことができます。
このタコノアシの生育地を元に戻す際に、工事関係者のはからいで、土砂をとめる擁壁(ようへき)に石組みを使用しました。すると隠れ家ができ、たくさんの力二たちが定着しました。我々が絶滅危惧種を守る際に注意することは、花壇に植えられた花ようにその植物が生育していた場所と遣った環境に植え、その植物を守るのではないということです。タコノアシが生育していた周りの環境を守ることによって、タコノアシを含めてそこに生きるいろいろな生き物たちを守ることを目指しているのです。この場所には力二以外にもいろいろな生き物が定着し,徳島県が推進しているビオ卜ープ(さまざまな野生生物がくらす場)となっていくことでしょう。
このようにタコノアシの生育地は守られました。うれしいことに、以前は見られなかった園瀬川の岸辺にも、種子で、広がったタコノアシが確認されました。種子の供給源が確保されたことによりタコノアシはさらに下流にも広がっていく可能性があります。
図3芽生えたタコノアシ(2002年5月14日)
図 4 開花したタコノアシ(2002年8月5日)
図 5 復元した生育地に定着したカ二
■植物を絶滅から守るために必要なこと
最近、工事関係者と話す機会がよくあります。レッドデータブックが出版されたせいか、彼らの絶滅危慎種に対する感心は高まっていて、工事区内に絶滅危倶種が存在することを伝えると、それを守る対策を積極的にとるようになりました。しかし、植物の研究者や地元の植物について詳しい者はどこで工事が行われているのか、また、どこに開発などの計画が持ち上がっているのか把握しているわけではありません。工事が行われることを知った時点では、予算がすでに決まっていたり、生育地が壊されていたりして救うことができないといったことがしばしばあります。植物の関係者と工事関係者が連絡を取り合いネットワークを組むことにより、こうしたことが減るのではないでしょうか。
工事関係者に工事の際には植物相に関する調査をお願いするのですが、面積の関係で環境アセスメントにはかからない工事も多くあります。関係者はそうしたものに予算をとるのは厳しいと言っています。そうした狭い範囲での工事でも,事前調査を行う仕組みを作る必要があリます。また、植物相の調査が行われでも、絶滅危惧種が見落とされているというケースが目立ちます。建物の工事では、要所要所で検査が行われ、一定の水準が保たれます。しかし、植物相の調査ではそうした検査がありませんので、形式さえ整っていれば、本来リストアップされなければならない絶滅危惧種が落ちていても、調査を行ったことになります。実例をあげると、徳島空港に関して行われた環境アセスメントの調査では環境省のRDBで絶滅危惧IB類とされているワタヨモギがリストから落ちていました。徳島市が行った環境基本計画策定のための基礎調査で市は徳島県版RDBで絶滅危惧Ⅰ類とされるビロードテンツキが、調査区内に生育しているにもかかわらずリストアップされていません。調査を行ったならその精度を検証する必要があります。
レッドデータブックは作られました。守るべき生き物のリストはできましたが、具体的にそれを守る方法についての施策や規則は示されていません。幸いなことにタコノアシのケースでは、植物関係者と工事関係者の連絡がうまくいったために、絶滅から救われました。このようなネットワークが作られ、法規が整うことによって、一つでも絶滅から植物が守られる事を願います。