勝浦川の上流で採取した石は化石ですか?【レファレンスQ&A 】
地学担当 辻野泰之
A.採集された石は、表面に明瞭(めいりょう)な凸凹の筋が見られる砂岩です(図1)。では、この石の表面にある凸凹は化石なのでしょうか?答えからいうと、これは化石です。この化石はトリゴニアとよばれる二枚貝で、日本では三角貝と呼ばれています。この化石は、本来殻(から)があった部分が風化作用によって溶けてしまい、雌型(めがた)だけになっています。
図1 勝浦川上流で採集された石
勝浦川の上流には白亜紀前期(約1億3000万年~1億年前)の地層(物部川層群(もののべかわそうぐん))が分布しており、プテロトリゴニア、ニッポニトリゴニアと呼ばれる2種類の三角貝が産出します(図2)。プテロトリゴニアの「プテロ」は翼を意味しており、化石をよく見ると鳥の翼のように見えます。また、ニッポニトリゴニアの「ニッポニ」はまさしく日本のことを指しています。この2種類の殻装飾はまったく異なりますが、なぜか同じ三角貝の仲間になっています。二枚貝を分類する際、殻の形や装飾の違いで区別するのは、もちろんですが、これらの特徴より殻の内側の歯(蝶番(ちょうつがい))と呼ばれる部分がもっとも重要になります。この歯の構造を観察することで二枚貝の大きなグループを決めることができます。三角貝の場合、歯の部分が特徴的なハの字型をしています(図3)。この構造は三角貝だけがもつ特徴で、その他の二枚貝はもちません。そのため、プテロトリゴニアとニッポニトリゴニアは同じ三角貝の仲間だとわかります。
図2 プテロトリゴニアとニッポニトリゴニアの雄型
図3 三角貝のハの字型の歯
三角貝の仲間は三畳紀に出現し、ジュラ紀~白亜紀に世界中の海で繁栄しました。現在では、ネオトリゴニアとよばれる三角貝がオーストラリア近海の限られた海域に2、3種だけ生息しており、生きた化石のよい例になっています。しかし、なぜ、中生代の海で繁栄していた彼らは衰退(すいたい)してしまったのでしょうか?原因は簡単ではないですが、原因の一つとして新しい種類の二枚貝の進出があげられます。新しい種類の二枚貝とは、現在ではよく知られているアサリやハマグリといった水管を持った二枚貝です。水管とは二枚貝の殻の間から外に出している二本の軟体の管のことで、彼らは一方の管(入水管(にゅうすいかん))を使って、水を吸い込み、体内で水に含まれている餌だけを濾(こ)しとって、もう一方の管(出水管(しゅっすいかん))から水だけを排出します。三角貝は水管を持っておらず、水管の役目を殻の一部をつかって行っています。水管という新しい機能をもった二枚貝の出現によって、徐々に三角貝の生息域は侵(おか)され、衰退の一途をたどっていったのでしょう。
勝浦川の上流で見つかるプテロトリゴニアやニッポニトリゴニアも白亜紀の一時期のみに繁栄した二枚貝で、今では見られない二枚貝です。今度、これらの化石を採集する機会があったら、彼らのたどってきた歴史を考えてみるのもおもしろいかもしれません。