トガリアメンボの侵入と分布拡大【情報ボックス】
動物担当 大原賢二
2001年8月から秋にかけて、兵庫県淡路島(あわじしま)北部および神戸市周辺のため池で、正体不明の小型のアメンボが発見されました。これが東南アジアに広く分布するRhagadotarsus(Rhagadotarsus)kraepelini Breddin, 1905トガリアメンボで、翌年、林正美・宮本正一博士により、日本からの初記録として報告されたのです。体長3.3~4.4mmのかなり小型で細身のアメンボで、腹端(ふくたん)(第8腹節(ふくせつ))が細長くとがることで、他のアメンボとは容易に区別できます。
トガリアメンボの有翅型
トガリアメンボの無翅型
発見当時、本種が兵庫県淡路島とその周辺の狭い地域にしか見られなかったことから、その直前に行われた明石(あかし)大橋架橋(かきょう)記念の植物の博覧会の時に、東南アジアから持ち込まれた水生植物などに付着して移入されのではないかと推測する人もいましたが、侵入経路はよくわかりません。
発見直後の2001年11月に、私は埼玉大学の林正美教授と一緒に、淡路島北部を調査し、さらに徳島県鳴門市周辺のため池も調査しました。鳴門市周辺から香川県引田町(ひけたちょう)(現東かがわ市)にかけてのため池では本種は確認できず、当時はまだ淡路島南部の南淡町(なんだんちょう)(現南あわじ市)や徳島県には侵入していませんでした。
しかし、翌年の2002年の夏から秋には、関西では大阪から和歌山県中部まで発見され、秋の終わり頃には淡路島南部にまで広がっていたこともわかり、このアメンボが分布を拡げつつあることが確認されました。
一方、徳島県では2003年の6月にも鳴門市のいくつかの池を調査しましたが、やはり見つかりませんでした。ところが、9月に入って鳴門市大毛島(おおげじま)の池でこのアメンボを発見し、鳴門市にある多くの池を調べてみると、ほぼすべての池で見つかり、同時に無翅型(むしがた)が相当数見られることに気がつきました。無翅型はまったく飛ぶことのできないものですから、移動は有翅型(ゆうしがた)が行い、池などにたどり着いたら産卵し、次の世代には両方の型が現れます。卵から親になるまでの1世代にかかる時間は1ヶ月くらいとわかっています。ですから無翅型が見られた池では、少なくともその1ヶ月前にはそこへたどり着いたことになるのです。
急いで西へ向かって調査したところ、徳島県の西端の記録は三野町(みのちょう)(現三好市(みよしし))の池でした。ここでの個体数は5頭で、すべて有翅型でした。香川県も高松市より少し西側まで確認でき、非常に短い時間で四国の中央付近まで拡がっていたのです。
普通はこのような急速な分布拡大をこのような小型の種がするとは考えられず、おそらく梅雨時期の強い風や5月と8月にやってきた台風などの影響で急速に拡がったものと思われました。
その後、四国ではさらに西の方へと拡がりつつあります。2005年夏には、愛媛県松山市を越えていますし、本州の中国地方や近畿(きんき)地方でもどんどん拡がっています。
人為的(じんいてき)に偶然に入ってきた昆虫でしょうが、すでに日本の昆虫として定着してしまったようです。