徳島県の迷蝶【情報ボックス】
動物担当 大原賢二
その国や地域には生息していないはずの蝶が発見されたとき、「迷いこんできた蝶」という意味で「迷蝶(めいちょう)」と呼びます。季節風や台風などで運ばれることが多いとされ、飛来した場所に幼虫の食草がある場合には一時的に発生することもあります。このような蝶は、日本では、梅雨前線が北上したときにそれに向かって吹く南~南西からの風に乗って、台湾やフィリピンなどに生息している蝶が飛来することが多く、沖縄県や鹿児島県、宮崎県などでは記録もたくさん知られています。しかし、外国からやってきたものだけを迷蝶と呼ぶということではなく、たとえば四国では、鹿児島県や沖縄県までしか生息していない種が飛来した場合でも迷蝶になり、太平洋に面した高知県は迷蝶の記録が多い県といえます。徳島県でもこれまでに、リュウキュウムラサキやメスアカムラサキ、カバマダラ、タテハモドキ、アオタテハモドキなどが知られていますが、その数は決して多いとはいえません。
ところがこの迷蝶について、近年、少しおかしなことが起こっています。私が初めてそれに遭遇(そうぐう)したのは10年ほど前、県立二十一世紀館が主催する「文化の森ビデオコンクール」の受賞作品を見たときでした。家のミカンの葉に付いていた蝶の卵を飼育した記録映像で、卵から幼虫、蛹(さなぎ)へと成長、そして羽化してきたのはシロオビアゲハでした。この種は現在、鹿児島県トカラ列島より南にしか分布しておらず、迷蝶としては関東での数例の記録もありますが、四国での迷蝶記録はありません。この映像は、選考委員が昆虫のことをまったく知らない方々だったためにその内容の不思議なところには気が付かなかったということで終わりましたが、本当に飛来したものの子孫だったのかもしれません。
その後、徳島市内南部でカバマダラが採れ、タテハモドキが徳島市内にいたけど(図1)・・と写真付きで情報が寄せられ、シロオビアゲハ(図2)もアオタテハモドキも採れた・・などいくつかの迷蝶の情報が持ち込まれました。しかし、これらの記録はすべて雑誌などに報告できずにいます。「徳島蝶の会」の方々に聞くと、これらはどう見ても飛来したものとは違うだろうといわれるのです。飼育されていた個体が逃げ出したという可能性が高く、記録はできないということでした。
図1 日光浴をするタテハモドキ
図2 シロオビアゲハ
迷蝶というのはどのあたりから飛んできたのであろうということも推測できる場合があります。しかし、飼育したものが県内のあちこちに逃げ出したとなると、徳島県の迷蝶の記録は一切信用できないということになり、本当に遠くから飛んできたのかもしれない個体でも、疑問符がついて記録が残せません。生きものを飼う場合には、そのあたりの責任も十分に考えてほしいものです。
この夏も、県南部でソテツにつくクロマダラソテツシジミ(図3)という南方系の蝶が発生しています。高知県あたりに迷蝶として飛来したものが広がっているようですが、これも食草があれば簡単に発生してしまいます。徳島県の迷蝶記録の信憑性(しんぴょうせい)のためにも、人為的にあちらこちらに放したりしないようにと願っています。
図3 クロマダラソテツシジミ