門付(かどつ)けのこと【CultureClub】
民俗担当 庄武憲子
はじめに
私は、ここ2 年余り、多くの人から教えをいただきながら、徳島に特徴的な門付け「三番叟(さんばそう)まわし」「えびすまわし」についての調査にたずさわらせてもらっています。
調査を進める中で門付けについて感じたことを少し紹介させていただきます。
門付けとは
「三番叟まわし」「えびすまわし」について調べているうちに、門付けの姿があまり見られなくなった現在、その本来の意味が多くの場合、忘れられがちではないかと気づきました。恥ずかしながら私自身も、よく理解していなかったと思います。『日本民俗学大辞典』(吉川弘文館)には「門付け 家々を一軒ずつ祝福(しゅくふく)してまわる芸能者、およびその芸能をいう。本来訪れる宗教的意味合いから、時期が定まっていた。(以下略)」とあります。県内で見られた門付けについて、過去の記録をざっと見渡すと、三番叟・えびすまわしの他にも、多数の門付けがあったことが確認できます。ただその内容は、芸能者や芸能にだけ焦点を当てたものに偏っていて、祝福とか宗教的意味合いを言及したものは少ないのです。
「三番叟まわし」「えびすまわし」調査
「三番叟まわし」は、千歳(せんざい)、翁(おきな)、三番叟、えびすの4体の木偶(でこ)を、「えびすまわし」は、えびすの木偶1体を用いる門付けです。江戸時代から行われていたことが記録されています。途絶えそうになっていたところを、阿波木偶箱まわし保存会のメンバーが受け継ぎ、現在も継承しています(図1)。かつて徳島県内にはこれらの芸人が多数おり、徳島だけではなく、四国あるいは中国地方や大阪府、和歌山県まで門付けしていました。平成23年および24年度に、聞き取りやアンケート調査によって、迎える側から見た「三番叟まわし」を中心とする門付けの実態調査に取り組みました。
その結果、終戦(1945年)までは、四国の広い地域で「三番叟まわし」もしくは「えびすまわし」を中心とした門付けが迎えられていたものの、その後、急速にその姿が見られなくなったことが確認できました。一方、徳島県、愛媛県の一部地域では、根強く「三番叟まわし」の門付けを迎え続けていた所があることもわかりました。
図1 現在の「三番叟まわし」の様子(写真提供:阿波木偶箱まわし保存会)
「三番叟まわし」を支えてきたもの
近年まで(あるいは現在も)、「三番叟まわし」を迎えたとする家々では、この門付けを単なる芸能ではなく、宗教的意味合いを持つ「神事」と捉(とら)える特徴がうかがえます。「三番叟まわし」に、まず家の荒神(こうじん)を拝んでもらい、御幣(ごへい)を受け取ります。家によっては水神(すいじん)や苗床(なえど こ)を拝(おが)んでもらいます。愛媛県西条市(さいじょうし)や徳島県阿南市(あなんし)では、「三番叟まわし」の来訪が途絶えた後でも、受けた御幣を荒神棚や床の間に残している家がありました(図2、3)。また迎える意味について、徳島県三好市(みよし) 、東みよし町などで「神の使いでありがたい」「人形になでてもらったり踏(ふ)んでもらったりするのは元気になれる」などの回答がありました。「三番叟まわし」は決して一方的に家々を訪れていたわけではなく、迎える人々に「三番叟まわし」という神の使いに、祝福・祈祷(きとう)をしてもらう要望があって成り立ち、続いてきたものと思います。
図2 愛媛県西条市に残されていた「三番叟まわし」の御幣
図3 徳島県阿南市で正月の床の間にまつられている「三番叟まわし」の御幣(中央下)
民家に残されていたお札(ふだ)
少し話がそれますが、門付けの調査にたずさわってほどなく、阿波市(あわし)のあるお宅から、納屋(なや)に残されていた古い神札(しんさつ)や護符(ごふ)を多数、御寄贈(ごきぞう)いただく機会に恵まれました。江戸時代の終わり頃から昭和の初め頃まで、その家が様々な社寺から受けたものをまとめて保管し続けていたものです。
それら1点1点を整理していく内に、「式三番叟御祈祷之札」と記されたものが複数含まれていることに気づきました(図4)。氏神(うじがみ)や檀那寺(だんなでら)の札と一緒に包まれており、この家が「三番叟まわし」を複数年に渡って迎え、祈祷をしてもらっていたことを示すものと思います。
また他に興味深い札も見つけました。猿に牛馬の絵が刷(す)られており、「安全守」と記されています(図5)。
図4 「式三番叟御祈祷之札」中に「長久円満息災延命 勤所」と刷られた札が入っている
図5 猿と牛馬の絵が刷られた札
猿ひき(猿まわし)の門付け
先述の調査においては、少数ですが「猿ひき(猿まわし)」という門付けを迎えたとする例がありました。徳島県では鳴門市(なるとし)、小松島市(こまつしまし)、阿南市、阿波市、美馬市(みまし)、三好市、東みよし町、石井町(いしいちょう)、松茂町(まつしげちょう)、海陽町(かいようちょう)、愛媛県では八幡浜市(やわたはまし)、砥部町(とべちょう)、西条市、香川県では観音寺市(かんおんじし)、善通寺市(ぜんつうじし)、坂出市(さかいでし)、東かわが市などです。
猿ひき(猿まわし)は、猿を飼い馴(な)らしてわざを覚えさせ、芸人と猿との共同で行う「神事」および芸能とされています。もともと猿を馬の守り神とする信仰に基づいた厩(うまや)祈祷として始まったといいます。阿波市のお宅に残されていた猿と牛馬の札は、猿ひき(猿まわし)が、牛馬の安全を祈祷していたこと示すものではないかと考えています。
おわりに
門付けは神事芸能であり、この「神事」の部分を見落とすと本質が見えなくなることは、すでに何人かの研究者によって指摘されています。2年間、門付けを実際に迎えてきた多くの人から話をうかがうことによって、ようやく私もその意味が実感できるようになりました。「三番叟まわし」「えびすまわし」の門付けは今も息づいています。それは、門付けの本来の意味を失わずに保ち続けた人たちがいたからだと思います。この点を心に留めて、本年度も門付けについての調査に臨みたいと考えています。