廻在録(かいざいろく)【館蔵品紹介】
歴史担当 長谷川賢二
当館には、明治期から昭和戦後期にかけて活躍した郷土史家近藤辰郎(こんどうたつろう)氏旧蔵の原稿・蔵書等342点と採集石器128点が収蔵されています。一部については、企画展『郷土の発見─小杉榲邨(こすぎすぎむら)と郷土史研究の曙(あけぼの)─』(2008 年)などで展示したことがあります。
近藤氏関係資料には、『廻在録』と総称されている江戸時代後期の阿波の地誌の一部にあたる写本が含まれています。『名東郡再調帳』(1842[天保13]年)、『勝浦郡』・『勝浦郡 坤』(1844 年)、『板野郡』二・三がそうです。いずれも近藤氏が筆写したもので、『名東郡再調帳』以外は、1933(昭和8)年に徳島県庁所蔵のものを写したことが分かっています。これらと同内容の資料は他にはないようですし、現存する『廻在録』の稿本・写本はたいへん少ないので、珍しいものといってよいでしょう。
『廻在録』の作成にあたったのは、攻古会(こうこかい)という歴史研究グループで、国学者野口年長(のぐちとしなが)、神職早雲高古(はやくもたかふる)、礼法家吉井永蔵(よしいえいぞう)(直道(なおみち))、絵師守住貫魚(もりずみつらな)らがメンバーでした。しかし、この事業は完成せずに終わってしまいました。
近藤氏が書写した資料などによると、『廻在録』は郡単位で編纂され、村ごとに地名、寺社、古城跡、名勝、旧跡等について調査・検討の上で記述されていることが知られます。また、石造物や寺社の宝物等の略図もみられることから、詳細な現地調査をもとにしたことがうかがえます。図の作成については、守住貫魚がとくに貢献したものであろうかと思われます。
このことから、未完成だったものの、『廻在録』には、19世紀における阿波の歴史・地理研究や当時の社会の実情が知られる情報が豊富に含まれていたといえます。したがって、近藤氏が残した『廻在録』写本群は地域史の資料として意義深いものです。今後、活用が進むことを願っています。
図1 近藤氏が筆写した『廻在録』写本群
図2 名東郡再調帳
図3 勝浦郡 坤
図4 板野郡 二