北海道の石器【館蔵品紹介】
考古担当 岡本治代
約2500年前、稲作が朝鮮半島から北部九州へ伝わると、本州・四国・九州の多くの地域に広がり、これらの地域では、狩猟採集(しゅりょうさいしゅう)を中心とした暮らしから、農耕を中心とした生活に変わりました。しかし北海道と南西諸島では稲作が取り入れられず、狩猟採集を中心とする生活が続きます。
北海道では、紀元前5世紀から7世紀頃に「続縄文(ぞくじょうもん)文化」、8世紀から13世紀頃に「擦文(さつもん)文化」とよばれる文化がみられます。また、北海道東部のオホーツク海沿岸から北海道北部では、5世紀から12世紀頃にかけて、大陸的な要素の濃い「オホーツク文化」が広がりました。
図 1 寄贈された石器 1・2:黒曜石製石鏃、3 ~ 6・9 ~ 12:黒曜石製石槍、7・8:緑色片岩製磨製石斧
さて、今年7月、阿南市の方から、縄文時代から続縄文時代頃の石器12点を当館にご寄贈いただきました(図1)。この石器は、北海道美深(びふか)町で採集されたもので(図2)、黒曜石製石鏃(こくようせきせいせきぞく)と石槍(いしやり)(一部は銛先鏃(もりさきぞく)か)、緑色片岩製磨製石斧(りょくしょくへんがんせいませいせきふ)から 成ります。
続縄文文化は、狩猟採集の中でも漁撈(ぎょろう)や海獣猟(かいじゅうりょう)の比重が高いといわれており、遺跡からは骨角製銛頭(こっかくせいもりがしら)など、大型魚や海獣を狩るための道具が多数出土します。今回寄贈された資料にも、形態や大きさから考えて、銛頭の先に挿入して使用された「銛先鏃(もりさきぞく)」と考えられるものがあります。また、黒曜石製の石器は徳島ではほとんどみられませんが、北海道には、白滝(しらたき)など黒曜石の産地がいくつか存在し、多くの石器が黒曜石で作られています。
図2 北海道美深町の位置
このように、今回ご寄贈いただいた資料は、形態、石材ともに、北海道の石器の特徴がよく表れたもので、日本列島における文化の多様性が感じられます。
(考古担当:岡本治代)
注)日本列島で稲作が始まった時期については、研究者の間で意見が分かれていますが、ここでは約2500年前としています。