阿波晩茶の製造技術と晩茶の個性【CultureClub】
民俗担当 磯本宏紀
1.阿波晩茶とは
阿波晩茶(あわばんちゃ)といえば、近年は那賀町(なかちょう)、上勝町(かみかつちょう)など の特産品の一つに数えられるお茶で、日常的に飲まれています。お茶の分類上、後発酵茶(こうはっこうちゃ)と呼ばれるもので、一度煮(に)て発酵を止めた後、再び漬(つ)け物のように桶(おけ)に漬けこんで作ります。阿波晩茶の生産農家は、自家製茶として現在でも手作業でつくっています。それぞれの家でつくっているので、家や地域によって少しずつ味が違います。
この阿波晩茶の製造技術について、現在徳島県内で共同調査が進められています。後発酵茶の製法が県内各地に現存していることは、他地域と比べて非常に稀少(きしょう)な例だからです。今回は阿波晩茶の製造技術や用具について紹介します。なお、晩茶について、「番茶」「ばん茶」と表記をすることもありますが、ここでは「晩茶」に統一しています。
2.阿波晩茶の製造工程
阿波晩茶の製造工程の特徴を挙げるなら、夏の暑い時期の茶葉を使って桶で漬けこんで発酵させてつくるという点です。
茶つみは6月下旬から8月上旬にかけての暑い時期にします。山の斜面の茶畑で一度にまとまった量をつむ必要があるため、お礼を支払って手伝いを頼みます。暑い時期の作業であることに加え、春の新芽に比べて茶葉が硬(かた)いのでたいへんです。茶つみ機を導入している家もありますが、手づみで茶葉をつむ家もたくさんあります(図1)。たくさんの手伝いの人を集めて茶つみをするのはたいへんな労力ですし、お礼の費用もかかります。
図1 茶葉の手つみ(2018年7月、那賀町吉野)
つんだ茶葉がある程度集まると、加工の作業に入ります。家の庭や納屋(なや)などにつくった竈(かまど)に大きな釜かまをすえ、茶葉を1籠(かご)ずつ煮ます(図2)。煮た茶葉は揉捻機(じゅうねんき)や茶すり器を使ってもんだ後(図3)、コガと呼ばれる大きな桶に入れて漬けこむ準備をします。大きなコガのある家では、漬けこんだ茶葉と茶葉の間に空気が残らないよう、中に人が入りコガの端から踏み込みます(図4)。その上から最初に茶葉を煮た煮汁をかけて、できるだけ茶葉が空気に触れない状態をつくります。漬けこんだコガの中に空気が残っていると、そこで不必要な菌が繁殖(はんしょく)して腐(くさ)ってしまうから、踏み込みの作業は重要です。
図2 茶葉を釜で煮る(2013年7月、上勝町神田)
図3 船型茶すり器でもむ(茶すり)(2013年7月、上勝町神田)
図4 桶に入れた茶葉を踏み固める(2018年7月、那賀町吉野)
この一連の作業をくり返してコガがいっぱいになると、ふたをして密閉(みっぺい)します。茶葉の上にバショウの葉やシュロの葉などを敷く家もあります。殺菌効果(さっきんこうか)があるからだとされます。ふたをのせ、その上には大きなおもり石をいくつものせます。きっちりふたで押さえて密封し、1 ~ 2週間、長いと3週間ほど漬け込むこともあります。この間、コガの中で発酵が進み、晩茶に仕上がっていきます(図5)。
図5 おもり石をのせて茶葉を漬けこんでいる桶とこれから加工する茶葉(2018年7月、上勝町生実)
最後に夏の太陽の下で乾かします。コガを開け、早朝に庭に敷きつめたむしろなどの上に薄く広げ、途中ひっくり返しながら夕方まで干します(図6)。途中雨でぬらしてしまうとお茶が台無しになってしまいます。そのため、その日の天気に気をつけ、夏の夕立(ゆうだち)を警戒(けいかい)しながら乾燥させます。
こうして手間ひまかけて作られたお茶が阿波晩茶です。選別し、袋(ふくろ)づめしたものが商品として出荷されていきます。
図6 発酵させた茶葉を庭で干す(2018年8月、那賀町吉野)
3.製法の地域と家による違い
ところで、晩茶農家の製法を比べてみると、それぞれ「個性」があることがわかります。主な点として、①茶葉を煮る時間、②茶をもむ用具(揉捻機・茶すり器)、③茶を漬けこむ桶の材質と大きさ、④茶を漬けこむ期間の4点を挙げることができます。
①の茶葉を煮る時間は、3分程度の家もあれば20分程度の家もあります。全体的に上勝町の農家で短く、那賀町の農家で長い傾向があります。
②の茶をもむ用具については、上勝町に舟形の茶すり器を使用している家が多いのに対し、那賀町に揉捻機を使用する家が多いといった傾向があります。あるいは、茶もみや漬け込み作業を専門にする業者に任せる家もあります。
③の茶を漬けこむ桶の材質や大きさについても家によって違いがあります。直径1m以上あるような、数世代にわたって使われる大きな木桶で漬けこむ家もあれば、直径50㎝ほどのプラスチック容器で漬けこむ家もあります。木桶を新調するのが難しいこともありますが、容器の材質やその大きさにバリエーションができています。
④の茶を漬けこむ期間は2週間程度とすることが多いですが、それでも家によって、作業のタイミングや天候によって1週間近く前後することがあります。
そのほかにも、茶葉の品種(ヤマチャ、ヤブキタなど)や茶畑の条件、乾燥させるときの天日干しする場所や加減、茶つみの方法、出荷時の袋などお茶の味を決めそうなさまざまな要素について、家や地域による「個性」があります。
調査が進めばこうした製法の「個性」について、調査データで示されていくものと思います。調査結果に期待したいですね。