世界にひとつだけの『じんぞく』【館蔵品紹介】
動物担当 井藤大樹
『じんぞく』とは、ハゼの仲間であるヨシノボリ類を指し、主に徳島(とくしま)県吉野川(よしのがわ)流域で使われる呼び名です。『じんぞく』という名は、特定の地方のみで使われる地方名で、図鑑ーなどで見る和名(標準和名)とは異なります。吉野川流域でよく見かけるヨシノボリ類は6種(ゴクラクハゼ、シマヨシノボリ、オオヨシノボリ、トウヨシノボリ、力ワヨシノボリ、シマヒレヨシノボリ)で、これらをまとめて『じんぞく』と呼んでいます。
『じんぞく』の中でも特に注目したいのが力ワヨシノボリです(図1)。この力ワヨシノボリ、実は阿波(あわ)市土成(どなり)町の郷土料理である「たらいうどん」の出汁(だし)を取るのに使われていました。吉野川の支流、宮川内谷川(みやごうちたにがわ)では、夏にざるを川上(かわかみ)に仕掛け、川下(かわしも)からざるに向かって何人かで力ワヨシノボリを追い込んで捕まえていたようです。現在では、力ワヨシノボリの漁獲量が減り、他のもので出汁を取ることが多いようですが、まだ力ワヨシノボリで、出汁を取っているたらいうどんのお店も残っています(図2)。
図 1 力ワヨシノポリ
図2 じんそくの出汁が使われているたらいうどん(上)とじんそくのから揚げ(下)
力ワヨシノボリは、愛媛大学の水野信彦教授(現岡大学名誉教授)によって愛媛(えひめ)県今治(いまばり)市の蒼社川(そうじゃがわ)から採集された標本に基づ、いてRhinogobiusflumineusという学名を与えられ、新種として報告されました。新種の報告の際には、論文中で、学名をつけた新種の基準となる標本1つを指定します。その標本をホロタイプ(Holotype)と呼びます。ホロタイプは種の基準となる極めて重要な標本で、あらたに新種を報告したり、学名を整理する際に比較したりと、これからの研究の進展になくてはならないものです。徳島県立博物館には、水野先生が力ワヨシノボ、リを新種として報告する際にホロタイプに指定した標本が収蔵されています(図3)。この標本はまさに世界に一つだけの『じんぞく』なのです。これからもこの世界に一つだけのfじんぞく』標本をしっかりと保管し、次世代へと継承(けいしょう)していかなくてはなりません。
図3 カワヨシノボリのホロタイプ