博物館ニューストップページ博物館ニュース121(2020年12月5日発行)新常設展の私のイチオシ! 木偶(でこ)(121号特集)

新常設展の私のイチオシ! 木偶(でこ)【特集】

民俗担当 庄武憲子

はじめに

博物館ニュースの前号No.120で紹介したとおり、徳島県立博物館は今年(令和2年(2020))で開館30周年を迎えています。それを機に現在常設展全面リニューアルに着手しています。来年(令和3年(2021))8月には、新常設展がグランドオープンする予定です。筆者が担当するコーナーのイチオシについて紹介したいと思います。

最も充実した資料

筆者は平成7年(1995)に民俗担当学芸員として着任しました。それから25年、徳島(とくしま)県内の民俗資料の収集保存、調査研究、展示普及に取り組んできました。着任した時の民俗分野の館蔵(かんぞう)資料点数は、2,770点、現在は18,906点です。ありがたいことに16,136点もの民俗資料を、県民の皆さんの協力を得て増やすことができています。新常設展では、これらの資料を存分に活かしたいと考えています。

さて、点数が増えたとともに、質も充実したと筆者が感じる資料は「阿波人形浄瑠璃(あわにんぎょうじょうるり)」に関する資料です。これは平成23年(2011)から「阿波木偶箱まわし保存会」のメンバーと共同ですすめてきた、徳島県に特徴的な門付(かどづ)け「三番叟まわし」(図1)、大道芸「箱廻し」についての調査が大きく関係しています。舞台で上演をする「阿波人形浄瑠璃」とは異なるものと見られてきた「三番叟まわし」「箱廻し」の資料を調べていくうちに、「阿波人形浄瑠璃」の新しい側面が見えてきました。筆者の担当するコーナーでは、ぜひ「阿波人形浄瑠璃」を取り上げたいと準備をすすめています。

知っているようで知らない「阿波人形浄瑠璃」

「阿波人形浄瑠璃」については、これまでの常設展でも展示してきました。阿波(現徳島県)が輩出(はいしゅつ)した有名な人形師(人形を作る人)、初代天狗久(てんぐひさ)の工房の大がかりな再現や、様々な人形師の手による多数の人形頭(にんぎょうがしら)の展示、音声による『傾城(けいせい)阿波の鳴門(なると) 順礼歌(じゅんれいうた)の段』のさわりなど、「阿波人形浄瑠璃」の特徴と概要(がいよう)をつかみやすい、よくできた展示だったと思います。平成31年(2019)に来館者に協力してもらったアンケートでは、91%の人が阿波人形浄瑠璃を「見たことがある」との回答でした。けれども残念なことに、開館以来常設展で紹介し続けていた、有名な人形師について「聞いたことがある」と答えた人は36%でした。知っているようで、実は知らないのが、我々にとっての「阿波人形浄瑠璃」ではないかと感じています。

「阿波人形浄瑠璃」の凄(すご)いところ

アンケートで「阿波人形浄瑠璃」を見たことがあると回答した人のほとんどは、「阿波人形浄瑠璃」の上演の様子を、実見したり、映像で見たりしたことがあるとしていました。「阿波人形浄瑠璃」とは、上演されているそのものなのかもしれません。けれども、博物館で常時「阿波人形浄瑠璃」の上演を見せることは不可能です。充実した資料で「阿波人形浄瑠璃」の何を見せるのか?考え抜いた末、筆者が凄いと考える「木偶」(木でできた人形)に注目していただきたいと、工夫を凝(こ)らしています。

図1 守住貫魚のスケッチに見られる「三番叟まわし」(19世紀頃)能楽に由来する千歳(せんざい)、翁(おきな)、三番叟(さんばそう)の三役が、国土安穏(こくどあんのん)、五穀豊穣(ごこくほうじょう)を祈る「三番叟」の儀式を、阿波(徳島県)では、わざわざ「木偶」を用いて行う例が多く見られます。「木偶」が根付いている証拠です。

図1 守住貫魚のスケッチに見られる「三番叟まわし」(19世紀頃)能楽に由来する千歳(せんざい)、翁(おきな)、三番叟(さんばそう)の三役が、国土安穏(こくどあんのん)、五穀豊穣(ごこくほうじょう)を祈る「三番叟」の儀式を、阿波(徳島県)では、わざわざ「木偶」を用いて行う例が多く見られます。「木偶」が根付いている証拠です。

 

「阿波人形浄瑠璃」に用いる人形「木偶」は、頭かしらと胴につなげた手足からできています。博物館では、収集した「木偶」について、まず頭を、眉、目、鼻、口の形と動き、肌の色などから分類をします。例えば、目の縁が角になって、フキ眉(毛のついた眉)が上下に、目玉が左右と閉じたように動き、口が開閉して、ニク色をしている頭は、主役に用いられる「角目頭(かどめがしら)」(図2)。眉が細く青く描かれ、目が閉じたように動き、口の奥はお歯黒(はぐろ)をしているように塗られ、白地の頭は、既婚女性の役に遣(つか)われる「女房頭(にょうぼうがしら)」(図3)です。さらには、頭の内部を調べます。内部には銘(めい)が書かれてることが多いです。これによって作者や製作年代が確定できます。また、木目(もくめ)から頭の材質を調べます。館蔵の「木偶」の頭については、先述した「阿波木偶箱まわし保存会」との調査で、すべて内部を確認しています。新常設展では、AR(拡張現実)という技術を使って、頭の内部まで観察していただきたいと思っています(図4、図5)。
また、頭の内部には、「木偶」の眉、目、鼻、口を動かすためのからくりが仕掛けられています。ヒゲクジラ類の食物濾過(ろか)のための器官を材料にした、バネの伸縮(しんしゅく)によって、最多で5つの動きが施(ほどこ)されます。見れば見るほどよくできたもので、これが「阿波人形浄瑠璃」の人形「木偶」の神髄(しんずい)です。じっくり観察できる資料を用意しましたので、楽しみにしてください(図6)。

図3 女房頭(政岡 まさおか)目が閉じたように動きます。

図2 角目頭(金藤次 きんとうじ)眉、目玉、口が動きます。

図3 女房頭(政岡 まさおか)目が閉じたように動きます。

図3 女房頭(政岡 まさおか)目が閉じたように動きます。

図4 図3の内部上の頭の内部をのぞいたところです。初代天狗久の銘があります。木目からはヒノキ材であると確認できます。

図4 図3の内部上の頭の内部をのぞいたところです。初代天狗久の銘があります。木目からはヒノキ材であると確認できます。

図5 図4の内部、上の頭をのぞいたところです。右頬の裏側に初代天狗久の銘が記されています。木目から材質はキリ材と確認できます。

図5 図4の内部、上の頭をのぞいたところです。右頬の裏側に初代天狗久の銘が記されています。木目から材質はキリ材と確認できます。

 

図6 5つの動きが仕掛けられた頭の内部何がどう動くか仕組みをじっくり観察していただけるように展示します。

図6 5つの動きが仕掛けられた頭の内部何がどう動くか仕組みをじっくり観察していただけるように展示します。

「木偶」はまるで木製のロボット

最後になりましたが、上演中には衣装にかくれてよく見えない、「木偶」の手足も木で作られています。手や足についても、形と動き、色によって詳細に分類されています。これらを合せて一体の「木偶」となっています。動きを観察すると、まるで木製のロボットです。すぐれた「木偶」を作る技術を持ち、それを現在まで継承(けいしょう)しているの が「阿波人形浄瑠璃」の一面です。

新常設展では、上演を見るだけではわからない「阿波人形浄瑠璃」の「木偶」の凄さを伝えたいと頑張っています。

カテゴリー

ページトップに戻る