博物館ニューストップページ博物館ニュース025(1996年12月1日発行)石造物との語らい一身近な史跡を歩いてみよう(025号歴史散歩)

石造物との語らい一身近な史跡を歩いてみよう【歴史散歩】

歴史担当 長谷川賢二

ふだんの通勤や通学、散歩の途中で、石灯篭(いしどうろう)や石仏を男かけることはありませんか。私たちの身の回りには無数といってもよいほど石造物があります。中には、今から100年も200年も前、あるいはもっと昔につくられたものもたくさんあります。ですから、石造物の多くは歴史の証人といえます。ここでは、信仰に関する石造物めぐりをしてみましょう。まず、山伏(やまぶし)という山岳修行者に関わるもので、わりあい各地に見られる役行者(えんのぎょうじゃ)像を訪ねてみます。

役行者とは、7世紀末に現在の大阪府と奈良県の境にある葛城山(かつらぎさん)を拠点とした呪術(じゅじゅつ)宗教者で、『続日本紀(しょくにほんぎ)』に名が見られる役小角(えんのおづぬ)のことです。平安時代末から熊野や大峰山(おおみねさん)で修行する山伏の崇拝(すうはい)対象となり、やがて修験道(しゅげんどう)の開祖と信じられるようになっていきました。図1は阿南市富岡町の阿南公園にある役行者像で、そばには大峰山三十三度登拝の碑もあります。それぞれ建てられた年代は異なりますが、江戸時代のものです。山岳修行や役行者信仰の広まりがうかがえるでしょう。ほかの場所では、徳島市勢見(せいみ)町の観音寺(かんのんじ)、徳畠市入田(にゅうた)町の建治寺(こんちじ)、脇町の大滝山などに石造役行者像があります(図2)。

図 1_1792 (寛政 4)年造立。

図 1_1792 (寛政 4)年造立。

図 2 大滝山の役行者像

図 2 大滝山の役行者像。そばには聖宝(真言宗醍醐寺の開塁。大滝山を訪ねてきたという伝説がある)や不動明王の石像もあります。

 

阿波の信仰といえば、四国八十八力所の霊場めぐり(遍路)があり、今もさかんに行われています。そこで、八十八力所の霊場信仰にまつわる石造物を訪ねてみましょう。今では少なくなってきましたが、古道を歩くと、石でできたかつての遍路道の道標(みちしるべ)を見かけることがあります。また、先の大滝山には、各霊場の本尊(ほんぞん)の石仏を並べたミ二八十八力所が奉納(ほうのう)されています(図3)。遍路を終えた記念に奉納されたものかもしれませんし、弘法大師が遍路を始めたという信仰からつくられたのかもしれません。大師の著作『三教指帰(さんごうしいき)』にある「阿国大瀧嶽(あこくたいりょうのたけ)」は一般には阿南市の太竜寺(たいりゅうじ)と考えられていますが、大滝山だという主張もあります。このミ二八十八力所もそういう主張からつくられた可能性もあるようです。

図 3 大滝山のミ二八十八力所

図 3 大滝山のミ二八十八力所

 

ここで見てきたように、テーマを決めて石造物を訪ねるのも楽しいですが、行き当たりばったりもよいものです。出会った石造物の性格や背景にあった歴史を調べてみると、新しい発見があるかもしれません。

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