ヤスデの採集【CultureClub】

動物担当 田辺 力

はじめに

ぼくはヤスデというム力デに近い動物を調べています。おとなしい生き物で、多くの種類は林の中で落葉をたべてくらしています。ゲジゲジなどといわれたりして、普通の感覚からすると気持ちの悪い生きものですから、時々、どうしてヤスデを選んだのですか、とたずねられます。正直に言うと最初はそんなに好きではありませんでした。でも、なにか気になったのです。どうしてからまないのかと不思議になるほどたくさんの足、節だらけの細長いからだなど、気持ちを刺激する姿をしているからでしょうか(図1)。ぼくの場合、そういうなにか気になるものは時間がたつといつしか好きになります。たくさんの足をリズミ力ルにうごかしてゆっくり動くヤスデに繊細さを感じるようになるには、それほど時間はかかりませんでした。気持ち悪いものの奥底には確実に美があると、ぼくは確信しています。

図1 ニクイロパパヤスデ

図1 ニクイロパパヤスデ。
体長4cmもある大型のヤスデ。静岡県清水市にある久能山東照宮の階段わきで採集した。参拝客も階段わきにこのような生き物がいようとは思いもしないだろう。


この前、ヤスデの標本を調べていたら10年前に自分で採集した標本がでできました。ああ、ヤスデを調べだしてもう10年たったんだなあ、と一人で感慨にふけりました。10年ひと昔です。懐かしいような寂しいようなへんな気分でした。10年近くたっても採集した時のことはよく覚えていて、ラベルに記した採集場所を読んでいると、採集した時の光景がよみがえってきます。霞のかかった杉林、目の前を横切っていった大きなマムシなどなど。思い出は宝です。そこで、今回は採集について書いてみます。

国道沿いの採集

遠くの初めていくところで採集する場合は、道にまよわないように国道を中心にクルマをはしらせます。そのため、採集地点も国道沿いの林が多くなります。ヤスデは国道沿いでもけっこう採れるのでこれでもいいのです。クルマを走らせながら、うっそうとした林をみつけたら適当なところをみつけてクルマをとめて、小さな熊手をもって林の中にはいります。蚊がいるので虫よけスプレーを首、ほっぺた、手首などにかけます。これをやらないと蚊にたくさん刺されてたいへんです。意識してやっているわけではないのですが、だいたい最初の10分位でなにもとれなければ次の場所に移り、1匹でもとれればさらに時間をかけて採集します。1力所で採集する時間は、長くても1時間ぐらいです。だから最初の1匹がすぐとれるかどうかが採集時間に影響します。でっかいババヤスデをみつけると、ああいたか、と安心した気持ちになります。採集したヤスデは、道路わきにすわって、アルコール入りのビンにいれたり、写真を撮ったりします。うまく採れたときは、わきを通るクルマの音も心地よく聞こえるものです。採集ではやたらと落葉をかきわけるので、だいぶ疲れます。夏だと汗ぐっしょりです。採集はスポーツだなあ、とよく思います。

図2 富山県城端町の風景。

図2 富山県城端町の風景。
きれいな風景は採集のおまけのようなもの。この写真は採集を終えて、宿に帰る途中lこ撮った。

 

洞窟(どうくつ)採集

洞窟といえば高知県の龍河洞(りゅうがどう)や山口県の秋芳洞(あきよしどう)のような大きいものが有名ですが、小さな洞窟であれば身近なところにもけっこうあります。入り口が人一人はいるのがやっとというぐらいの大きさの洞窟でも、生き物はいるものです。洞窟にいる動物としてはコウモリが有名ですが、ヤスデも洞窟にいます。


洞窟にいるヤスデにはノコギリヤスデやオビヤスデのなかまのように体の色が抜けて白くなったものがいます(図3)。ただし、数はそれほど多くないようです。ぼくはこれまでに十数回、洞窟にもぐリましたが、いちばん多くて1つの洞窟で5匹ほどでした。洞窟にいる小動物の中には、洞窟以外にも地下の岩盤のすきまや、大きな岩の下のすきまで暮らしているものが知られていますから、白いヤスデもそうした環境で人知れずくらしているのかもしれません。

図3 ツバキノコギリヤスデ。

図3 ツバキノコギリヤスデ。
熊本県中央町第2椿洞で採集した。石の下にいた。体の色素が抜けて白くなっている。体長約2.5cm。


洞窟には他にもリュウガヤスデのなかまがよくいます。リュウガヤスデのなかまは細長い体をしていて、グアノ(コウモリの糞(ふん))を食べています。熊本県の大瀬洞(おおせどう)で、グアノにいっぱいたかっているオオセリュウガヤスデを最初に見た時は驚きました(図4)。足元に小さくて細長いものがいっぱい落ちているなあ、と思ってよく見たらヤスデだったのです。うじゃうじゃいました。大瀬洞には何回かいきましたが、ヤスデの数はグアノの量に比例しているようです。季節によってコウモリの数が変わるので、グアノの量も季節によって変わることが原因のようです。大瀬洞の洞内にはドームがあり、その天井にはコウモリがびっしりぶらさがっていてちょっと異様な光景です。さわさわしたコウモリの飛ぶ音を頭上に聞きながらヤスデを観察をしていると、なにか神秘的な気分になったものです。暗く音のない所での作業はすごく集中するようで、洞窟で採集した後はぐったり疲れます。

図4 オオセリュウガヤスデ

図4 オオセリュウガヤスデ。
熊本県球磨村大瀬洞。グアノ(コウモリの糞)をたぺる。体長約5cm。

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