川環境と魚-FPOMの影響-【CultureClub】
動物担当 佐藤陽一
川環境の特徴
川環境の一番の特徴は何でしょうか?鎌倉時代のエッセイスト、鴨長明(かものちょうめい)がいみじくも書いたように「行く川の流れは絶(た)えずして、しかも、もとの水にあらず」という一文によく表れています。正しく水が流れていることこそが、川の川たるゆえんといえるでしょう。
一口に水が流れているといっても、実に様々です。瀬(せ)のように流れが速く、波立っている部分もあれば、淵(ふち)のように流れが遅く、あまり波立たない部分もあります。普段の川は気持ちよさそうにサラサラと流れていますが、いったん洪水となると怒涛逆巻(どとうさかま)く激烈(げきれつ)な流れとなります。これらの様々な流れが、川底を削(けず)り、土砂や石・岩を運び、堆積(たいせき)することによって、川底に凸凹(でこぼこ)が生じ、瀬や淵ができるのです。これら多様な空間が、魚を含めたいろいろな生きものの生活する場となっているのです。
流れない川もある?!
ところが、この世には流れていない川というものもあるのです。そんな馬鹿(ばか)な、とお思いになるかもしれませんが、日本中いたるところにあるといったら、驚(おどろ)くでしょうか?
川をせき止めて作ったダムのある川がそうです。現在、ある程度の規模(きぼ)以上の川では、むしろダムのない川のほうが珍しく、ほとんど天然記念物ものです。多くのダムでは発電取水を伴いますから、ダムから下流、発電所の放水口までの区間は、水量が著しく少ない減水(げんすい)区間となっているのが普通です。
最近では環境にも配慮(はいりょ)するようになって、環境の維持(いじ)放流と称して、ダムから申しわけ程度の量の放水をやったり、支川からの流入もあるので、流れない川といっても、文字通りまったく流れがない、止水の状態というわけではありません。しかし、川本来の自然の流れからはほど遠い状態にあることは確かです。
このように川環境を特徴づける「流れ」の状態が、人間の勝手な都合で変えられているわけですから、当然、川の生態系に大きな影響を与えていないわけがありません。でも、具体的にどんな影響があるのかについては、驚くほどわかっていないの実情です。ここ数年、私は河川工学の専門家の人たちと一緒に、この減水区間の環境が魚類の生息に及ぼす影響に興味を抱いて研究をしています。その最新の成果をご紹介(しょうかい)しましょう。
FPOMが溜(た)まると…
徳島県東部を流れ、紀伊水道に注ぐ勝浦川という2級河川があります。その上流に正木ダムという多目的ダムがあり、発電取水がなされています。そのため、ダム下流8kmの区間は減水区間となっています(図1)。
図1勝浦川の滅水区間(上勝町福川下流付近)。
減水区間では水量が少なくなった結果、瀬の部分が大幅に縮小して、その代わり、トロと呼ばれるあまり深くない淵のような部分が拡大していきます。水質を測定すると、アマゴが生息できる程度のきれいな水であるという結果しか出てこないのですが、何となく水がよどんでいて、清流という感じがしません。なんか変な感じです。
そこで、減水区間に3地点、ダム上流に1地点、発電所の放水口下流に1地点の調査地点を設け、魚種別の出現頻度(ひんど)と共に流速、水深、底質の状態など、いろいろな環境要因について調べてみました。
これまでの調査から減水区間ではFPOM(有機性微細粒子(ゆうきせいびさいりゅうし))と呼ばれる、一見すると泥(どろ)のように見える生物体の分解物と最近・藻類(そうるい)などとの混合物(こんごうぶつ)が河床(かしょう)表面を広くおおっていること、このFPOMが厚く溜(た)まるとヨシノボリ類などの底生魚が減ることなどがわかっていました(図2)。FPOMは減水区間の景観を特徴づける要素といってよいでしょう。
そこで、河床へのFPOMの沈積が、魚に影響を与えているのではないかという仮説を立て、そのことを検証してみることにしました。
ただし、問題があります。図2に示したように、FPOMは河床表面をおおうひじょうに軽い物質で、ちょっとした流れでもふわふわと浮き上がってしまいます。当然、流れが速い場所で少なく、遅い場所で多い傾向にあります。だから、FPOMと魚との関係を直接調べただけでは不十分です。FPOMと魚との関係を調べたつもりが、実際は流れの速さと魚との関係を見ていた、ということになりかねないからです。つまり、FPOMの正味の影響力を明らかにするためには、流れの速さの影響を取り除かねばなりません。
現実はもっと複雑で、流れの速さは瀬のような水深の深いところでは早く、淵のような水深の深いところでは遅い傾向にもありますし、これには河床の勾配(こうばい)も関係しています。このように、個々の環境要因は独立しているのではなく、互いに関連しあっているものなのです。そのために、まず様々な環境要因間の関係を求めた上で、その中でFPOMに密接に関連している可能性のある環境要因を抜き出してやる必要があります(図3)。
図2河床に厚く堆積したFPOM。カワヨシノボリなどの底生魚がほとんど見られない。
図3環境要因群間の関係。24要因を因子分析によって解析し、FPOMを含む因子5を中心に、因子間相関を求めたもの。
このようにしてFPOMに関連した環境要因を抜き出し、さらにそれらの影響を除去して求めた結果が図4です。結果は驚くべきものでした。当初FPOMは水底に多く溜まるので、底生魚におもに影響を与え、遊泳魚にはあまり影響していないのではないかと想像していたのです。ところが実際には、底生魚か遊泳魚かに関係なく、16種中13種で影響が認められたのです。つまり、生息するほとんどの魚はFPOMによって何らかの影響を受けていることが確かめられたのです。
図4からは例えば、清流を好むアユやアマゴ、ウグイ、アカザ、オオヨシノボリなどは、FPOMが増えると出現率が減少すること、反対にニゴイ類やムギツクでは増加することがわかります。また、ギンブナ、カマツカ、シマドジョウなどは、全体的にみるとニゴイ類などと同様、FPOMの増加に伴って出現率も増えるのですが、より詳細な解析では、ある一定レベルまでは増えますが、それを超えると減ることもわかりました。このように、FPOMの多い/少ないが及ぼす影響の仕方は魚種によって異なるのです。
図4 FPOMが魚の出現に及ぼす影響の大きさ(ロジスティック回帰分析による)。FPOMは、無し(0)、少ない(1)、多い(2)の3段階で評価した。オッズ比「1」を境として、左側がFPOMの増加に伴い減る魚、右側が増える魚。例えば、アマゴで
はFPOMが1段階増えると、その出現率は約0.4倍になることがわかる
なぜFPOMが川魚に影響するのか?
FPOMがどのようなメカニズムで、川魚の生息に影響するのかは、まだわかっていません。影響の仕方や整体が魚種ごとに異なることから、おそらく、魚種ごとにメカニズムも異なるものと思われます。解明は今後の課題です。