「似ている?似ていない?」擬態はどこまで効くか【CultureClub】
動物担当 大原賢二
何に似るか
ハエ…というと、皆さんは汚(きたな)いものの代名詞みたいに思われるかもしれませんが、ハエのなかまにもきれいなものもいますし、変わった形のハエもいるのです。例えば、図1のようなムシを見たとしたら、皆さんはハエだと思いますか?いえ、きっとハチだと思ってしまうでしょう。これを一目みただけでハエだといいきれる人はそうはいないのでしょうね。このハエは、スズキナガハナアブという名前の一種です。これはハナアブ科というグループに属します。「アブじゃないか!」といわれそうですが、アブのなかまではなく、ハエの一群です。
ハナアブ科のハエは、「ハチに似たものが多い」という特徴があります。他のどのハエのなかまよりもハチに似たものが多いといってもいいほどです。私もながいことハエをみていますが、今でもこの写真のようなものが出てくると一瞬「スズメバチか…」と身構えてしまいます。
では、このようにハチに似たことによって、本当にその種にとっていいことがあるのでしょうか?そして、その相手は一体何なのでしょうか?
図1 スズキナガハナアブのオス
ハチには効き目がない
1997年の8月、徳島市内にある県の研修センターの庭にあるサザンカの植え込みに、コガタススズメバチの巣があることに気がつきました。ここは研修で県の職員が多く訪れ、庭を歩いたりもしますので、防護服をつけてこの巣を除去しました。作業を昼間に行ったために、餌(えさ)を採(と)りに出ていたハチが帰ってきて人を襲(おそ)わないように、周りを見ていた時、大きなものをかかえた働きバチが帰ってきて、すぐ近くの木にとまりました。何を持っているのだろうとアミですくってみると、何と私がハナアブの中でも一番スズメバチに似ていると思っていたスズキナガハナアブのメスでした。すでに死んでいましたが、よく観察してみると、頭のほとんどはかみ砕(くだ)かれており、同様に腹部の末端部もグチャグチャになっていました(図2)。
図2コガタスズメバチ(左)と襲われたスズキナガハナアブのメス(右)
ハチの幼虫の餌として昆虫などを捕まえた場合、筋肉の多い胸部などをかみくだいて肉団子にして持ち帰るので、一体何を餌にしたのかさえわかりにくいことが多いのですが、このハチはすぐ近くでこのハナアブを捕まえたのか、まだそこまでの加工をしてない状態だと思われました。コガタスズメバチやキイロスズメバチなどは、ハエの成虫や、他のハチ(アシナガバチなど)を狩ることの多いススメバチですが、狩る時にどのように捕まえ、どのように加工するかという情報はほとんど無いようです。
私が注目したのは、頭をかみ砕き、お尻の部分も同様に激しくかみ砕いてあったことです。これは採った餌がハチだと思っていた証拠ではないでしょうか。まず、噛みつかれないように、口のある頭をつぶし、さされないようにハリのあるお尻をつぶしたと考えるとちょうどこのような形になるのです。
そして大事なことは、これは擬態(ぎたい)の効果とは言えないのです。なぜなら、このスズメバチはハチだと思ったとしても、それを餌にしようとして攻撃ししているのですから…残念ながらハチやクモ類、カマキリなどには擬態の効果が無いようだということを再確認すると同時に、ここまで似ると本物のハチにさえハチだと思われたのではないかとも考えました。
擬態は、昆虫にとって、もっとも怖い敵である鳥類などに効果があるように進化したと考えられています。痛かったり、まずい味が記憶に残って、その次は襲わないようにしようという学習ができなければ効果がないはずなのです。そしてそれは、やはり鳥などの脊椎(せきつい)動物だということになりそうです。
では、鳥などに効き目のある擬態は本当にあるのでしょうか?
鳥はまずいものは記憶し、襲わない??
シロオビアゲハは、東南アジアに広く分するアゲハチョウの一種で、 我が国では南西諸島(なんせいしょとう)の奄美大島(あまみおおしま)以南に分布しています。メスには2型あることが知られています。オスとそっくりで、後ろバネに1本の白斑帯(はくはんたい)を持つものは、I型と呼ばれていました。もう一つは、オスとはまったく違う斑紋(はんもん)で、帯状の紋は無くなり、後ろバネの中央付近に白や赤い斑紋をもつきれいなもので、Ⅱ型と呼ばれていました(図3)。南西諸島では、I型の方がはるかに多く、このⅡ型は全体の1割程度しかおらず、なかなか採集できないものでした。
図3シロオビアゲハ(左:オス、中央:メスⅠ型、右:メスⅡ型)
1968年ごろ、沖縄県の八重山(やえやま)地方(石垣島(いしがきじま)、西表島(いりおもてじま)など)にベ二モンアゲハという別のアゲハチョウが住み着きましたチョウが住みつきました(図4)。台湾(たいわん)まで分布していたチョウですが、このころ八重山に入り込み、そのまま定着してしまいました。ベニモンアゲハの幼虫は、ウマノスズクサという植物を食べ、毒を持ったチョウとして有名で、鳥などが食べると吐きだしてしまうと言われています。
図3ベニモンアゲハ
ベ二モンアゲハが八重山諸島に侵入・定着し、10年ほどで宮古諸島(みやこしょとう)に広がりました。その後、沖縄本島やその周辺の島々にも広がり、現在は奄美大島まで広がっています。
ベ二モンアゲハが来て何が起こった?
ベ二モンアゲハとシロオビアゲハのメスのⅡ型はよく似ています。シロオビアゲハは毒はまったく持ちません。毒を持たないものが毒を持ったものに似せることで、自分が食べられないようにする、という擬態は「ベーツ型擬態」と呼ばれます。
琉球(りゅうきゅう)大学の上杉兼司さんは、過去の記録などから、それぞれの島でのシロオビアゲハのメスのⅡ型の割合を調べ、ベニモンアゲハが八重山諸島、宮古諸島に定着する前と、定着後のシロオビアゲハのメスのI型とⅡ型の比率を比べていきました。すると、ベ二モンアゲハが定着した後、その地域のシロオビアゲハのメスのⅡ型の率が明らかに増加し、それもベ二モンアゲハの個体数が増えるほどシロオビアゲハのⅡ型の個体数も増えることを発見したのです(といってもⅡ型の比率が50% を超えることはありません)。
それぞれの島の鳥たちは、ベ二モンアゲハが増えるとそれを餌として襲う確率が上がります。しかしその毒のために二度と襲わないと決め、よく似たシロオビアゲハのメスのⅡ型も襲わないということが起こっていたのです。
上杉さんの研究は、ベ-ツ型擬態が捕食者に対して効果があることを証明し、ぞれが沖縄県の島々で実際に展開していることを証明した例として世界的に有名になりました。