阿讃山地から産出するノストセラス科アンモナイト【CultureClub】
地学担当 両角芳郎
阿讃山地(あさんさんち)は、和泉層群(いずみそうぐん)とよばれる白亜紀後期の海成の地層から構成されており、アンモナイトや二枚貝などの化石が産出することはよく知られています。そして、ここから産出するアンモナイト類で特に目立つのは、ノス卜セラス科のアンモナイトが多いことです。
阿謂山地の和泉層群から産出する主なノストセラス科アンモナイト (和泉層群の岩相図は須鎗,1977による )
ノス卜セラス科は、様々な巻き方をした殻(から)をもっ異常巻きアンモナイトのグループで、成長初期~中期には塔(とう)状に巻いた殻をもち、後期には巻きから離れたフ、ソクを形成するものが一般的です。ノストセラス科の殻の巻き方は変異に富んでいて分類がむずかしい場合がありますが、塔状部の巻きの形態、螺環(らかん)の太さ、フック部の形状、殻装飾などに基づいて識別されています。
ここでは、阿讃山地から産出する代表的なノストセラス科アンモナイトを紹介します。
(1)ディディモセラス(Didymoceras sp. A)
さぬき市兼割(かねわり)およびその周辺から特徴的に産出するアンモナイトです。兼割にあった多和(たわ)採石場(現在は閉鎖)からは、たくさんの化石が採集されました。
この種の螺環は比較的細く、塔状部では離れて巻き、螺環の肋(ろく)の腹側(外周側)には2列の卜ゲ状のイボ(突起)をもつのが特徴です。しかし、これが成長後期にどのような殻形態になるかはいまひとつはっきりしません。同じ兼割からは、甥環がもう少し太めで近接して巻く化石や、大型でバネ状に離れて巻く化石が採集されており、それらも今のところDidymoceras sp.としていますが、これらがすべて同一種であるかどうかは確かめられていません。
(2)ボストリコセラス(Bostrychoceras sp.)
東かがわ市黒川(くろかわ)の白鳥(しろとり)温泉周辺から産出します。博物館には、黒田武志氏や(故)白井憲治氏から寄贈していただいた本種の標本が多数収蔵されています。
本種の特徴は、ほとんど接して塔状に巻く成長中期の螺環と、塔状部を包み込むように伸びる大きなフックにあります。肋にはイボがないものと思っていましたが、たくさんの標本を観察するうちに、フックの後半部にイボをもつものが含まれることに気づきました。
フック部にイボがあったりなかったりするノストセラス科アンモナイ卜は、ヨーロッパで古くから知られています(Bostrychoceras polyploucumなど)。しかし、イボがあるのかないのか特徴があいまいで記載が不十分であるということから、日本のアンモナイト研究の第一人者の松本達郎先生が40年前にノス卜セラス科の分類を行った際、塔状巻きでイボの発達しないものに対してEubostrychocerasという新しい属名を提唱した経緯があり、それ以来、日本ではBostrychocerasは使われてきませんでした。
しかし、黒川産の化石を見ると、イボのあるものとないものは同一種であると考えられ、ヨーロッパのボストリコセラスの特徴に近いことから、Bostrychoceras sp.と呼ぶのが妥当(だとう)ではないかと考えているところです。種名をどうするかは今後の課題です。
(3)ディディモセラス(Didymoceras cf. awajiense)
東かがわ市引田(ひけた)周辺からは、螺環が接して巻く塔状部とC字状lこ垂れ下がった大きなフックをもち、成長の初期から最後まで2列のイボが発達するディディモセラスが産出します。淡路島西海岸から産出するディディモセラス(Didymoceras awajiense)と比べて塔状部の直径が小さくやや小型のものが多いものの、淡路島の化石の中にもこれと似た個体が含まれることから、この種に同定しでもよいと考えられます。
これと同種とみなされる化石は、引田周辺と同じ層準の地層が分布すると考えられる阿讃山地南麓(なんろく)の上板町神宅(かんやけ)周辺からも見つかっています。
(4)ディディモセラス(Didymoceras sp. B)
阿讃山地からは上記のほかにも、塔状部とフックをもち、イボが発達するテ‘ィディモセラスのなかまがいくつか産出しています。ここでは1例として上板町神宅産の化石を紹介しておきます。やや小型で、高く密に巻いた塔状部をもち、肋がやや粗く、同じ場所から産出するDidymoceras cf. awajienseとは別物です。
(5)プラビトセラス(Pravitoceras sigmoidale)
鳴門市島田島の海岸および櫛木浜(くしきはま)から、阿讃山地南麓の鳴門市小森(こもり)にかけての層準から産出するアンモナイトで、S字状に巻いた独特な殻形態から、淡路島の西海岸から多産するプラビ卜セラスに同定されます。一見、同一平面で巻いているように見えるものの、直径1~2cmまでの初期殻は塔状に巻いており、2列のイボをもち、ディディモセラス(Didymoceras awajiense)と系統的に密接な関係があることが確かめられています。
和泉層群は、東に開いた馬蹄形(ばていけい)の地質構造をしており、西から東に向かつてより年代の若い(新しい)地層が積み重なるように分布しています(図)。また、保存のよい化石が比較的豊富に含まれるのは、和泉層群分布域の北縁沿いです。したがって、北縁に沿って産出するアンモナイトを西から東へ追跡すると、この地域における白亜紀後期のアンモナイトの変遷(へんせん)を把握(はあく)することができます。しかし、おもしろいことに、ひとつの産地からは特定の種類のアンモナイトが多産し、他の種類はほとんど見られず、少しとんで隣の産地へ行くと別の種類が現れます。こうしたアンモナイトの変遷は、おそらくアンモナイトという生物の短い生存期間を反映したものではないかと考えられます。
阿讃山地から産出するアンモナイト類、特にノストセラス科アンモナイトは、たいへん興味ある研究材料です。これまで少しずつ手をつけながらまとめられなかったことは私の怠慢(たいまん)で、何とかして上述した課題をきちんと片付けたいと考えています。