遺伝子汚染って何ですか?【レファレンスQandA】
植物担当 小川誠
人の活動によって持ち込まれた生物の遺伝子(いでんし)が交雑(こうざつ)することによって、もともとあった生物に広がってしまうことがあります。このことを好ましくない現象の意味を込めて、「遺伝子汚染(おせん)」と呼びます。この言葉は学術用語としてはふさわしくないので別の用語を提案する人もいます。
シオギクは徳島県と高知県など、四国の南東部の海岸に生育する菊(キク属)の多年草です。野生菊の中でも、花びらのように見える舌状花弁(ぜつじょうかべん)を持たないのが特徴です(図1)。ところがシオギクの自生地ではしばしば舌状花弁を持ったものが見られ、雑種であると考えられます(図2)。徳島県ではリュノウギクという野生菊と接してシオギクが生育している場所もあるので、両種の雑種の可能性もありますが、近くにそれがない場合、栽培している菊との聞にできた雑種であると考えられます。菊は他種との雑種ができやすく、野外の地蔵や祠(ほこら)に生けられた栽培菊の切り花の花粉が昆虫によって運ばれて野生菊と交雑している例が報告されているほどです。
図1舌状花弁のないシオギク
図2シオギクと栽培菊との聞にできた舌状花弁のある雑種
高知県の室戸岬の海岸にはシオギクの大きな集団があります。ところが、地元の人が観光に来た人のためにと、室戸岬にはもともとなかったノジギク(高知県西部に分布)を植えたために、シオギクと雑種を作ってしまいました。駆除(くじょ)しようと雑種を抜く努力を毎年しているそうですが、一旦(いったん)入り込んだものはなかなか取り除くことはできず、今でもしばしば舌状花弁を持ったものがシオギクの群落内に見られます。
こうした交雑による遺伝子の混ざリ合いが「汚染」という言葉で表現されるのはなぜでしょうか?そもそも、野生の植物において異なった種が交雑することによって新しい種が分化することはしばしば見られます。それは長い年月をかけて分化してきた生物の歴史を反映した結果です。ところが人為的(じんいてき)な影響(えいきょう)による遺伝子の混ざり合いの場合では、そうした長い時間をかけて2つの種が出会うというプロセスをすっ飛ばしてしまいます。そのことがそれぞれの種にとって、また周りの生態系にどういう影響を起こすのかはわかりません。そこでも、そうした行為は慎みましょうという意味を込めて「汚染」というインパクトのある表現が用いられています。
きれいだからという理由でもともとそこになかった植物を植えることが全く悪い行為だとは言い切れませんが、身の回りに生えている野生の植物の中には美しいものもたくさんあります。そうしたものに日を向け、もともとあるものを利用することで自然に対する影響を押さえ、自然とうまくっきあっていきたいものです。