世界的なアンモナイト産地:蝦夷層群(えぞそうぐん)【Culture Club】
地学担当 辻野泰之
徳島県立博物館の常設展示室には、保存状態が非常に良い、数多くの北海道産のアンモナイトが展示されています。その保存状態の良さは、外国で産出したものと見間違(みまちが)うほどです。北海道産のアンモナイトの多くは、蝦夷層群と呼ばれる地層から産出したもので、良好な保存状態と産出量の多さから化石愛好家の中でも憧(あこがれ)れの化石産地になっています。ここでは、蝦夷層群とそこから産出するアンモナイトをはじめとする化石について紹介したいと思います。
蝦夷層群とは?
蝦夷層群は、北海道中軸部(南は浦河町周辺から北は稚内市宗谷岬まで)に分布する約1億2000万~6800万年前の白亜紀(はくあき)の地層です(図1)。蝦夷層群に対応する地層は、国境を越えロシアのサハリンにまで続いています。その地層は泥岩(でいがん)や砂岩、礫岩(れきがん)で構成されており、堆積(たいせき)期間は5000万年以上あり、また厚さも8000mを超えます(図2)。蝦夷層群は地層の特徴に基づいて古い時代から順に下部、中部、上部、最上部の4つに区分されており、全体を通して海の比較的深い所から浅い所まで色々な環境で堆積した地層を見ることができます(図2)。(※蝦夷層群の最上部は函淵層群(はこぶちそうぐん)として区分されることもありますが、ここでは蝦夷層群の中に含めます。) 地層が堆積した時間も長く、また堆積環境も多様であるため、様々な種類の化石が産出します。
図 1 茶色が蝦夷層群の分布。蝦夷層群に対応する地層がサハリンまで延びる。
図 2 蝦夷層群上部の地層の様子(羽幌町・逆川)。
蝦夷層群の成り立ち
蝦夷層群が堆積した白亜紀という時代には、現 在のような日本列島と呼べるものはまだ存在しておらず、日本列島はアジア大陸の一部でした。同様に北海道も存在しておらず、北海道は西部と東部に分断されていました。北海道西部はアジア大陸の縁辺にあり、北海道東部は現在より北に位置していました。二つの地塊の聞には、海溝と呼ばれる地形的に深い溝が存在し、アジア大陸縁辺には比較的浅い海域があり、そこで堆積したのが蝦夷層群です(図3)。
その後、新生代中世(しんせいだいちゅうせい)(約2000万年前)にアジア大陸の一部て、あった日本列島が日本海の拡大によって大曜から分離しはじめました。北海道の東部の地塊(ちかい)は南下をはじめ、その後北海道の西部地塊と衝突(しょうとつ)を起こしました。その影響で北海道中軸部周辺には断層や摺曲(しゅうきょく)が発達し、日高山脈のような地形的な高まりもできました。両地塊の閣の海底で堆積した蝦夷層群も隆起(りゅうき)し、現在のような地層として地表に現れました。
図3約8000万年前の北海道周辺の古地理(君波,1989;重田,2001に基づいて作成)。
産出化石
アンモナイトは示準化石(しじゅんかせき)と呼ばれる地層の時代決定に有効なグループであるため、蝦夷層群産のアンモナイトも古くから多くの研究者によって研究されてきました(図4)。これまでに蝦夷層群からは500種類以上のアンモナイ卜が報告されており、世界的に有名なアンモナイト産地になっています。サイズも小さなものから大きなものまで様々で、大きなものでは直径が1mを超えます。蝦夷層群で産出するアンモナイトの中で特に有名なのが、ニッポニテスと呼ばれるアンモナイトです(図5)。ニッポ二テスは一般に知られている平面状に巻いたアンモナイトと異なり、巻きのほどけた独特な巻き方をした種類(異常巻きアンモナイト)で、世界中の化石愛好家の憧れの化石になっています。
図4コードリセラス (Gaudryceraytenuiliratum)
図5ニッポニテス (Nipponitesmirabilis)
アンモナイトの他にも多く産出する化石が、イノセラムスと呼ばれる二枚貝です(図6)。イノセラムスも示準化石として利用できるため、さかんに研究されてきました。イノセラムスは白亜紀末に絶滅したグループで、その形態はアサリやハマグリといったよく知られている二枚貝と違い、殻の蝶番(ちょうつがい)の構造も大きく異なります。その生態についても未(いま)だに謎の多いグループです。
図6イノセラムス (Inoceramusezoensis)
以上のようなアンモナイトやイノセラムスは、蝦夷層群の中でも特に多産し、また地層の時代決定に有効な化石であるため、多くの研究がなされてきました。一方、蝦夷層群からは、アンモナイトやイノセラムス以外にも多くの二枚貝や巻貝、ウ二などの化石が産出します。また、数は少ないですが、海生爬虫類(はちゅうるい)や恐竜の化石も産出しています。恐竜化石については、これまでに3例、小平町(おびらちょう)、夕張市、中川町からそれぞれハドロサウルス類、ノドサウルス類、テリジオサウルス類の産出が知られています。また、蝦夷層群から延びるサハリンの白亜紀層でも、1934年に日本人によって恐竜化石が発見されています。その後、この恐竜化石は、長尾巧(ながおたくみ)博士(北海道帝国大学)によってニッポノサウルスと命名され、その標本は現在でも北海道大学に収蔵されています。
このように蝦夷層群は化石の宝庫であり、化石に興味がある方は、一度は北海道を訪れてみてはいかがでしょうか? 運が良ければ大型のアンモナイ卜を発見できるかもしれません。
参考文献
君波和雄(1989)北海道周辺のテク卜二クに関するいくつかの新提案.月刊地球.11, 309-315.
重田康成(2001)アンモナイト学.東海大学出版会.