アサギマダラの調査から
動物担当 大原賢二
はじめに
アサギマダラ(図1)が季節による渡りをするチョウである・・という事実が判明したのは、今から約30年前のことです。現在では全国的に調査が行われるようになり、各地で多くの人々がアサギマダラのハネにマーク(標識)を付けて放し、どこかで再度発見されることで、このチョウの移動コースや距離、移動日数などの記録がたくさん得られています。また、台湾や中国への移動も確認されています。
徳島県でこのチョウの移動に関する記録が初めて得られたのは2000年の秋で、ちょうど10年が経過したことになります。この機会に、これまでの調査で得られた記録を整理してみたいと思います。
図 1 アサギマダラ : メス
1.標識個体数
徳島県の平地でアサギマダラが見られるのは、春の北上期(4月下旬頃から6月上旬)と、秋の南下期(9月下旬から11月上旬)です。この時期を中心に何人かの方が調査を実施してくださっています。県内の主な調査地は、鳴門市妙見山、徳島市眉山、小松島市日峰山、海部郡美波町(旧:由岐町)明神山などです。
この10年間に県内で標識を付けられたこのチョウの総個体数は、春が合計1,561個体、秋が18,254個体となります。平均すると春が156個体/年と、秋が1,825個体/年となりますが、このほとんどは明神山(図2)で標識をつけられたものです。特に、春にこれほどの標識ができる調査地は、九州や四国、近畿地方などでもありません。
2.過去の移動記録
(1)徳島県での再捕獲件数 合計212件、再々捕獲件数 合計6件
再々捕獲個体とは、ある地点で標識され、一度どこかで再確認されたものが、徳島県でもう一度確認されたものです。現在は、再確認した後、再び放しますのでこのような記録が増えると、このチョウの移動のコースがより詳しく分かってくると思われます。
徳島で再捕獲されたもののうち、山形県の蔵王(3例)や、福島県耶麻郡北塩原村(30例)などが東北地方からの個体となっています。他に群馬県赤城山や栃木県日光、山梨県、長野県、愛知県や石川県、滋賀県からも多く飛来してきています。近年は大阪府高槻市や兵庫県宝塚市などの河川敷に外来種であるミズヒマワリが繁殖し、そこで多くの個体に標識がつけられ、徳島への飛来も増えています。また、高知県から逆戻りする形で見つかる例も少なからずあり、風に乗ってしまうとその季節の移動方向とは違って見える方へ動く例も増えています。
(2)徳島県からの移動記録 合計153件
・高知県:100(夜須町:12、室戸岬:54、幡多郡:12、高知県の他の場所:22)
・鹿児島県:35(指宿~開聞岳周辺:3、坊津~野間岳:2、屋久島:2、小宝島:2、喜界島:21、奄美大島:5)
・沖縄県:7(沖縄本島4、南大東島1、竹富島1、与那国島1)
・徳島県内での移動確認:(7)
・三重県など:(4)
秋季の南~西への移動においては、高知県室戸岬への記録が非常に多く、54個体が室戸岬で発見されています。しかし、近年の高知県での調査によって、四国の南岸寄りではなく、中央~やや南部寄りを東から西へ横切る形の移動も相当多いことがわかってきています。
図 2 海部郡美波町明神山全景
南西諸島では、鹿児島県喜界島への移動が21例と多いのは興味深いものです。
3.訪花植物
春季はイボタに多く、ウツギ、トベラがそれに次いでいます。春のアザミにはほとんど飛来しないようです。また天候によってはキョウチクトウ科のサカキカズラを訪れる個体も見られます。
秋季はヒヨドリバナ、アザミへの訪花がほとんどですが、人家周辺では植栽されたフジバカマへの飛来も増えています。秋の終わり頃になると、センダングサやセイタカアワダチソウ、ツワブキなどへの訪花も多くなります。
4.徳島県での食草(すべてガガイモ科)
(1)キジョラン(県内各地に見られます。沿岸部からやや内陸部まで、冬季の食草としては本種しか知られていません)
(2)シタキソウ(鳴門市葛城神社で葉裏についた幼虫2頭を発見。それ以降の記録はありません。)
(3)ガガイモ(1998年に海部川、旧海部町などで少数ですが発生した記録があります。)
(4)オオカモメヅル(産卵行動や幼虫を伊島、大川原高原などで観察)
(5)イケマ(徳島県では産卵や幼虫の確認はしていませんが、剣山系などやや高いところに見られ、葉が多いので夏季の重要な食草と思われます。)
(6)ヤマワキオゴケ(図3、4)(本種を利用するということは知られていませんでしたが、アサギマダラが平地では見られなくなる7月~8月に、海陽町で多くの幼虫が確認されました。ハエの寄生率はかなり高いですが、葉が薄いことから利用しやすい食草と思われます。詳細は不明です。)
図3 ヤマワキオゴケ(海陽町)
図 4 ヤマワキオゴケを食べる終令幼虫(海陽町)
5. 徳島県での天敵例
(1)幼虫ではマダラヤドリバエの寄生が最も多い。
(2)蛹(さなぎ)(屋外に植えたキジョランでの飼育状態)
2006年4月に、4個の羽化直前の蛹がアリに蛹殻(ようかく)を食い破られ捕食された。ハリブトシリアゲアリCrematogaster matsumuraiと同定された。(九州大学の緒方一夫博士・細石真吾博士同定)
(3)2006年5月、3個の蛹からキアシブトコバチが羽化。
6.今後の課題
徳島県では、調査者は多くはありませんが、主要なポイントについては、移動期には、早朝から夕方までかなり密度の濃い調査ができていると考えています。
しかし、島嶼(とうしょ)(伊島や大島、出羽島など)や阿讃山脈側での調査がまだ不十分であり、今後これらの地域の調査も進める必要があると考えています。
また、夏の世代が平地において、これまで食草として記録がなかったヤマワキオゴケを利用しているかどうかも調査する必要があります。同時に、夏季に剣山系などで見られる個体群へのマーキング調査がまだまだ不十分で、山地での発生状況と、その世代の移動コースなどの調査もすすめたいと思います。